東日本大震災から1年がたった2012年の3月11日。
名取の海岸には冷たい風が吹いていました。
地元の方たちからは「去年も同じように寒かったなぁ~」との声を聞きました。
震災当日と同じ寒さを感じながら、黙とうを捧げたことを思い出します。


震災から12年がたった2023年の3月11日。
名取の現場は少し体を動かせば汗が出るほどの暖かさ。
名取北高校の野球部がボランティアにきて、溝切りをしてくれました。

「おはようございます」
「はい」
「ありがとうございます」
「自分がやります」

ハキハキした声が響き、キビキビ動く高校生たちは、
初めての溝切りにもすぐ慣れ、吉田からは
「さすが運動部。道具と体の使い方がうまい」とほめられていました。

男子部員に負けない働きぶりのマネージャーの女子2人は、
「普段のマネージャーの仕事も土木作業みたいなものなので」と、
鍬やスコップを手に、大活躍。高校の運動部のマネージャーの中では
花形中の花形だと思っていたのに「土木」とは意外でした(笑)

これまで地元の高校生からは、震災の記憶があいまいなものでしかないといった声を聞くことが
多かったので、何人かの生徒さんに「震災の時のこと、覚えている?」と質問してみました。

一人は、保育園の昼寝の時間、自分だけなぜかみんなより先に目が覚めてしまい、
着替えをして靴下をはいているところで地震が来たと話してくれました。
また、東京から来たと伝えた私に配慮しながら
「山元町ってわかりますか? 自分はそこに住んでいて、自宅が流されました」
「幸い、両親が保育園まで迎えにきてくれたんですけど……。
津波の被害を見たから、結構当時のことはよく覚えています」
「今は、えっと、村田って場所があって、そこに住んでいます」と、
ぽつりぽつり話してくれた生徒さんがいました。

高校生ぐらいだと当時の記憶があいまいだと決めつけていた自分を反省。
直接被災していない子たちは、そうかもしれないけれど、
被災した子たちは、忘れようにも忘れられない、
深く刻まれたあの日の記憶と共に生きているのだと強く感じました。

活動の最後にみんなを代表して挨拶をしてくれた生徒さんは、震災当時、
まさにこの日に作業をした閖上地区に住んでいて、自宅が流されてしまったのだそう。
「閖上がどんどん復興しているのを目にして閖上という町はすごいと感じている」と、
ふるさとへの思いを語ってくれました。

同じ高校生でも震災時の体験、そしてその記憶はさまざま。
そんな当たり前のことを教えられた貴重な時間でした。
あたたかな春を思わせる陽気の中、81歳のスーパーボランティア大槻さんほか、
地元のボランティアの皆さんのご導の下で、10代の高校生たちが作業をする光景に、
明るい未来を感じることができた3.11となりました。

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