2011年5月24日、行政、林業事業体との協議を終え、
以後チーム海岸林となる一行8名は、
車中でおにぎりを頬ばりながら名取市立第二中学校に入った。
阪神大震災での灘区での経験もあったので腹は座っていたが、
ビデオカメラが据えられ、協議中もずっと録画されていた。
もとより実に色々な人、中には善意と言えない人が来るのだと聞いていた。
殺気に近い、実に厳しい質問を受けた記憶がする。
我々一行も強者揃い。
話を進める私にも、助け舟や合いの手を入れてくれるので、
呼吸の間が持て、たじろぐこともなくチーム全員で主旨を伝えた気がする。
「皆さんの農家としての腕を、ボランティアでなく、
         プロとして苗木の生産に役立てて頂けませんか」と。
この時、大きな驚きがあった。
震災からまだ2ヵ月、ダンボールだらけの避難所で、
『海岸林は絶対に必要』と、まさかこの様な状況下で、
聞けるとは全く思っていなかった。
今も第二育苗場をお願いしている高梨さん、森さんがその言葉の主。
今日、ここまで聞けるとは全く思っていなかったのです。
これは行ける!そう思いながら、タバコに火を付け、気合いを入れた。

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