堆砂垣設置プロジェクトに参加してきました その2
本部の林です。
昨日の続き、中田島砂丘での堆砂垣設置プロジェクトの報告です。
集まった人たちは地元自治会や中学、高校、企業でのグループ参加が多かったのですが、一般参加もありました。
5~600名ほどいたのではないでしょうか。
グループごとに80メートルの堆砂垣を設置。
2メートル間隔で杭を打ち、横に竹を通し、すだれを竹に結び付けていきます。

毎年参加している企業の皆さんは要領よく作業を進めますが、中高生はなかなか・・・。
それでもグループ内はもちろんグループ間でも協力し合い、2時間ですべて作業は終了。
「海岸林再生プロジェクト」で堆砂垣設置作業は必要ありませんが、いずれ植林などの活動に何百人単位のボランティア受け入れが必要になると思います。誰がどんなふうに作業の指導をするのかが一番重要なポイントだと感じました。
また、各グループへの備品配布やその管理、作業説明書の作成などいろいろと参考になる点が多くありました。
今後も各地でのさまざまな活動に勉強にでかけ、来るべきその時に備えたいと思います。
堆砂垣設置プロジェクトに参加してきました その1
本部の林です。
昨日、静岡県浜松市の中田島砂丘で開催された
「堆砂垣設置プロジェクト」に参加してきました。
中田島砂丘は日本三大砂丘のひとつ。
浜松出身の私にとってはとてもなじみのある場所です。
高校時代は、休日に友達と自転車で1時間半ぐらい走って遊びに行ったことも。
大人になってからも地方の友達を連れて地元を案内するのによく行きました。
かつては沙漠の風景を撮影する映画のロケで使われたこともあるこの砂丘も
今では砂丘がやせてしまい、場所を変えても、見る角度を変えても、沙漠に見える場所はありません。
そこで、堆砂垣の設置が必要になるのです。
「堆砂垣」とは字のごとく、砂を堆積させるための垣根です。
堆積した砂が丘となり、美しい砂丘の姿を作りだすことができるのです。
高校時代、堆砂垣を見たことはありませんでしたが、昨日聞いたお話では昭和40年代頃にも地元の人たちが堆砂垣を設置していたとのこと。
私が子どもの頃見た砂丘も地元の人たちの努力によって美しく保たれていたのだと知りました。
活動の様子はまた明日ご報告します。
名取市閖上(ゆりあげ)地区の今
プロジェクト担当の吉田です。
私の地元の自治会長が、ここの出身です。
PTA会長として寄附金は頼む、挨拶は頼む、イベントの焼きそば600人前も頼んで、昔の話もよく教えてもらう。
そんなお付き合いをさせていただいています。
ANAの従業員で仙台空港に勤務し、昨年の震災後の「濃霧」の様子を教えてくれたり、時々事務所を訪問してくれたりする方も、先日の世界銀行・IMF総会公式サイドイベントでお世話になった企業の広報室の方もここの出身です。
昨年5月、ここの海岸林も調査し、名取市北釜と比べて、今後の植栽に「盛土」が必要と独自でも結論を出しました。
震災前にどんな街だったのか、まだよく理解するゆとりは今の私にはないのですが、いつかそういう時が来る気がします。


第1次防御ラインの堤防高7.2m 写真奥が元の閖上小学校
第2次防御ラインの堤防高6.0m
写真は、その内側の宅地かさ上げ高5.0mの見本
盛土の姿が見えてきた
11月4日に林野庁が主催する海岸林再生キックオフ行事会場の仙台市荒浜に行ってきました。
当日はオイスカのトップが招待されており、皆様に代わって、
地元の小学生とともに植栽をさせていただきます。
海岸線からおよそ600m。 相当内陸に入った国有林の「跡」です。
産業廃棄物とその清掃に関する法律(通称:廃掃法)に沿い、およそ3haに、 ダンプ10,000万台分の「震災由来」の土と購入土(山砂)が高さ2mで築かれていました。
防風垣は県産材の杉丸太。現実に大造林を行うときは、形状が少し違うかもしれません。
ですが相当な量だと作業している方が唸っていました。
工事は最終段階と言ってもまだ途中。 私にとっては、千葉県九十九里浜、大網白里で見た 盛土上の植栽現場とイメージが重なりました。
今年の種子は凶作ではないか
吉田です。 先週、名取の山、広葉樹の伐採現場に行って種子の様子を見に行きました。 稲刈りも終わり、すっかり秋の気配です。
昨年の猛暑が影響したのかもしれません。 (前年の気候が影響するのだそうです) クヌギ、コナラ、クリ、ヤマザクラ等の50年生の立派な森でしたが、 ものの見事に種が付いていません。 残った海岸林の桜の種も初夏になかったので予感してました。
ここには獣という獣はみんないるそうで、熊も、カモシカも。 名取にはそんなところもあるのですね。 マムシはたくさん。ちなみにどんぐりは「即」拾わねばなりません。 案外大変なんです。すぐ虫や病気が入ります。リスも来ます。 拾ったら水に一晩漬け、消毒し、一冬冷蔵庫。 今年は熊がムラに降りてくるでしょうか。 残念ながら、クロマツ種子は大凶作。 来年春の播種量は今年春と同じ規模になりそうです。
倒伏木の片づけ開始
吉田です。
被災した木はキレイに片づけられるとお伝えしましたが、
いよいよ始まりました。いとも簡単に整理整頓されてゆくことでしょう。
現場に従事している方は、頭と体が同時に動く人ばかりですから。
なにせ早いんです。それがプロです。
「ゲーセン」にUFOキャッチャーってありましたよね。
私はゲーム嫌いでやったことはないのですが、
この「クラップル」の操作は面白いんです。
むかし、TVチャンピオン「全日本木こり選手権」(第2回は聞いたことがない)で、
巨大積木を積む競技がありました。

今回の出張ではチェーンソーの音や、グラップル(写真)を見ることが多く、
復興の現場が止まっていないことを感じるとともに、
元林業労働者としては、自分でやりたくてやりやくて。
(前にいた会社では先輩がたくさんいて、なかなか触らせてもらえず
皆が昼寝している昼休みに練習したり。社長に見つかって怒られたり)
ここ最近ずっと悩まされている胃痛から解放されました。
今日は邪魔になるといけないから遠くから見ました。
この者は毎日毎日現場を見ていると思います。

ご当地看板 「香川人は、うどんも海岸林もセルフ好き?」
吉田です。
香川出張前にネット検索していたら、土木学会四国支部の
「津田の松原」に関する記述がヒットしました。
その記事を読んで、直感でこれは行かねばならないと。
そこで見たもの・・・
海岸林の管理もセルフにて。この発想には感心しました。
防災林的機能を重視される巨大な海岸林では、今の時代に「落ち葉掻き」まで追いつかないのですが、
各地で落ち葉を堆肥化する努力は行われています。
落ち葉掻きをしないと、土壌が良くなりマツの競争相手が次々生まれます。
その森をどう仕立てるのかという目標によって管理方針は異なります。
ここでは、天橋立や気比の松原のように、景観維持が求められる森だからこそ、松葉掻きが求められるのだと思いました。
市民に親しまれるための、ちょっとした工夫が随所に見られ、とっても参考になりました。
例)吟行ポスト(短歌・俳句・川柳)by文化協会
クロスカントリー大会 by陸上競技協会・体育協会
子どもたちのための遊具
昔遊びが書いてあるベンチ などなど
吉田です。
香川県で開催された「第20回オイスカ四国の集い」で講演の時間をいただき、
500人を前に「海岸林再生プロジェクト」についてお話をしてきました。
そして、いつものように出張の折は海岸林を視察に。
今回は、観音寺松原(観音寺市・琴弾公園)と津田の松原(東さぬき市・琴林公園)。
ともに白砂青松100選に入っています。
観音寺松原では、落ち葉掻きをしていたシルバー人材の方たちから貴重な話を伺うことができました。
10数年前の高潮、松くい虫対策、落ち葉掻き後は堆肥化されること、シルバーの勤務体制、海浜植生、干潮時の干潟のこと。
そして、後背地の農業について。
疎になった所の植栽は、枯死が目立ちました。
推測するに、植えた苗が大きすぎたのではないかと。
カラダに対して根の張りがついてこれず、
乾燥著しい海岸林の環境に対応できなかったのでは?
津田の松原では、樹齢600年!!という約400本の巨木群。遠足で来ている小学生。
市民に親しまれるための数々の工夫。
鎌倉時代に防風林として造成が開始されたそうです。江戸時代には「十二里」あったのが、開発のために3分の一になったようです。
これらの森が存在する理由は、東北の海岸林とは少々違います。瀬戸内海に面しているので、風力も砂粒の大きさも違います。
しかし、植林の10数年後、20年後の森の姿をイメージに落とす上で見るモノ一つ一つが非常に参考になりました。
香川全土では、ナラ枯れはまだですが、松くい虫の被害が目立ちました。
海岸林も然りです。














