佐々木教雄さん 海岸林の’ひと’=ボランティアリピーターへのインタビュー②

2025年インターンの柚原結女、柴崎翔吾です。今回の海岸林の”ひと”は佐々木教雄さん。

教雄さんは、活動に長く携わっているベテランボランティアの1人。現場では、作業しつつも、カメラを片手に沢山の素敵な瞬間を写真におさめています。

○プロフィール

1965年生まれ。岩手県花巻市出身。盛岡市在住。仕事の関係で宮城県で暮らしていた時期も何度かあった。物流関係の自営業を営んでいる。

○海岸林ボランティアに参加したきっかけ

 オイスカとの出会いは2005年7月。当時所属していた労働組合がオイスカと共同でマレーシア植林プロジェクトを行い、それに参加したことがきっかけだった。その後、オイスカのマンスリーサポート会員となり支援をするようになり、2019年2月、吉田さんから”3月に名取市海岸林の溝切りを行うが人数が少ないためぜひ参加してほしい”という内容のメールが届き、それをきっかけに海岸林再生プロジェクトにボランティアとして参加するようになった。

○なぜ今に至るまで長く続けているのか

 2020年に新型コロナウイルスが蔓延したことにより、マラソンやアーティストのライブなど様々な趣味が制限されてしまった。そんな時、息抜きできるものとして残ったのがオイスカのボランティアだった。また、神奈川県の相模原市で暮らしていた頃、オイスカの”富士山の森づくり”のボランティアにも参加したことがあり、その時からオイスカは運営者も参加者も皆が同じ志を持って活動しており信頼できる団体だと感じ、支援し続けることを決めた。

○これから先の展望

 若い人たちに活動に参加してもらうことが1番嬉しい。そのために、まずは海岸林の存在をもっと上手に発信して、宮城県民だけでも海岸林の再生を知ってもらいたい。高校や大学で先生から海岸林の話をしてもらったり、オイスカボランティアに参加した若者たちに同世代の仲間に発信してもらったりして、社会貢献をしたいけれど何をすれば良いか分からないと感じている若者たちを巻き込んでいけたら嬉しい。自身はあと10年間は活動に参加し、その一助となればと思う。

○こぼれ話など

 (聞き手:教雄さんはボランティアに参加する度に”かもめの卵”を持ってきてくださいますが、それにはどのような意味が?)

 2025年の2月から4月にかけて岩手県大船渡市で大規模な森林火災があった。自分も同じ岩手県民として支援に携わりたいなという思いは強いが、私有地が多いことや、盛岡市から大船渡市が決して近いわけではなく簡単には行けないということがあり、直接支援することはなかなか難しかった。そんな時にたまたま目に入ったかもめの卵が大船渡市の会社で作られていたものだったので、それを買ってみんなに食べてもらえば、支援にもなり火災予防の啓発にも繋がると思い、お土産として持って行くようになった。

○編集後記(柴﨑)

教雄さんは私がボランティアに参加した初期の頃から、積極的に話しかけてくださり、いつも柔らかい空気をまとっていてとても話しやすい存在でした。インタビューの中でもおっしゃっていた”次の世代に繋いでいくために自分にできることをしたい”という思いを体現されているなと感じます。また、インタビューを受けている時の、普段の柔らかい空気とは少し違った真剣な表情や眼差しも印象的でした。今回はインタビューを受けてくださり本当にありがとうございました!

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