②のつづき
本部・啓発普及部の吉田です。
今回は4回目のアブラ出張で、長年CFPと海岸林を支援いただいている特別法人会員の「化学総連」幹部3名の案内が第1ミッションでした。そしてこの機会を活かして長逗留させていただき、現場のニーズを納得いくまで確認できました。
その総括としては、わずかな平野部や緩斜面地の里山ゾーンでは、30年で500haをゆうに超える緑化を実施し、概ね完了したと理解しました。交通の便が非常に悪いためニーズに応えることができなかったアブラ川北岸地域(La-paz町他)は、新しい橋が完成するのでこれからニーズに応え易くなります。また、前回出張では、台風によるジェメリーナの倒木を見せつけられました。15校程度の植え直しニーズはあると思っていましたが、コロナ禍前後であっさりとミッション完了していました。
そして、デルフィン所長は人生の集大成として、オールアブラChildren Forest Program、≪みんなの「子供の森」計画≫の位置づけで「はげ山造林100ha」に挑もうとしています。気合とやる気の塊はいまも変わりません。ですが、役所から見たらいちNGO、オイスカの歴史から見ても託されるのはこういう場所ばかり。またここも土壌などなく、岩山です。「でもここは灌漑用水の取水口の近く。大切な場所です。国から任せてもらった。これがオイスカのプライドです」。これをプライドと言う意味はわかります。私はデルフィンさんに育ててもらったと思っています。もし出会っていなかったら海岸林再生プロジェクトは発想しなかったと思います。今度は、あのやる気と実力に応えるのが私の仕事です。
オイスカの緑化40年を経験した世代も集大成を迎えています。まず先決なのは、各国のやる気と実力ある現場に資源を投入し、結果を出す後押しをしたい。私は平等主義は嫌いです。そして並行して、デルフィン所長をはじめとする、各国のベテランに続く次世代育成が必要です。同じルソン島北部ながらバスで8時間かかるヌエバビスカヤ州のキラン村(水無村の意味)には、600haものはげ山造林に成功したオイスカ一大プロジェクトもあります。これらの場所に、フィリピンはもとより各国の中堅を送り込み、「デルフィン塾」ならぬ「CFPコーディネーター研修」をするのも手近な夢の一つです。そして、日本国内の研修センター指導陣とともに、若い人たちに対する「森林再生と農業などでの利活用の研修」に協力すること。日本の人にもできるだけ彼の地に行ってもらいたいと思います。
そのためには「営業」です。それが私の第一の仕事。
私のミッションはアブラだけじゃありません。各国にやる気の塊がいますから。