2026年3月5日

フィリピン出張日記10 再会とよみがえる思い出 その3

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  • オイスカ本部・海外事業部の林です。(前回のブログはこちら)
    今日はパマンサランを訪問した報告と30年前のお話です。

    ディポログ市内から山道に入ってしばらくすると未舗装の道となり、当時は電気も水道もない村でしたが、今は道路も舗装され、電気も通っていました!
    小学校におじゃますると、教室の机などは当時と変わらないのに天井にファンがついていて、黒板の上にはモニターもついていました。
    右の彼女は小学校の先生。「ごめんなさい。日本人がいたことは覚えていないけど、当時私はここの小学校で勉強していたから、きっと会ってるはず」と話しかけてきてくれました。卒業生がここの学校に戻ってきて先生をしてるなんて嬉しいこと。声をかけてくれてありがとう!

    研修センターは市に移管されたものの、現在は使われておらず、がらんどう。

    ここで10ヵ月近く過ごした私からすると寂しさもありますが、センター近くにオイスカで建てたエコテックハイスクールが若手の農業人材の育成の拠点となっていました。こんな未来を思い描いて池田さんがエコテックハイスクールを建てていたのだとしたら本当にすごい!と思いました。

    そんな建物の裏の斜面を下りていくと、当時と同じ水浴び場がありました!
    水浴びなんて気持ちよさそうな響きですが、村の子どもたちがじ~~~っと見ている中、Tシャツに短パンでの水浴びは、実に居心地の悪いものでした。寒い日やちょっと体調が悪い時、自分で薪を拾いに行き、水を汲んできてお湯を沸かしてトイレの個室でお湯を浴びたこともありました。「ぜいたく風呂」と呼んでいました。最近「風呂キャンセル界隈」なる言葉もありますが、当時、私たちの中でお風呂に行くのをサボることを、最もサボっていた人物(仮に本山さんとしましょう)の「もとやま+サボる」を短縮して「もとる」と表現していました。
    「今日ちょっと寒いからもっとっちゃおうかなぁ~~」
    「あんまりもとると臭うからちゃんと風呂行けよ~」といった具合。
    ここで洗濯もするのですが、洗濯機に慣れてしまっている現代人の私たちにとって結構な重労働です。あるボランティアさんが「この村での生活において洗濯は服に洗剤のにおいをつけるだけのまやかしの行為」と表現していたのが今でも印象に残っています。

    研修ももう行われていないし、建物もこんな状態ですが、センターの象徴ともいえるフィリピンイーグルのモニュメントは健在でした!
    サル食いワシとも言われる絶滅危惧種のこのフィリピンイーグルがこの地に戻ってくるようにとの願いで建てられたものだと聞いています。
    植林をして緑になったパマンサランに、いつかフィリピンイーグルが戻ってきますように!
    ※右の写真は1993年撮影。今とは色もちょっと違います

    出張日記11に続く

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