2025年3月25日

献身の精神で突き進むー宮城の海岸林再生プロジェクトに学んだこと-①

  • 海岸林再生プロジェクト
  • 皆さん、こんにちは。台湾大学四年生の黄と申します。2025年2月より、OISCAのインターンとして活動させていただいています。現在は交換留学生として明治大学に在籍し、日本語と日本文学を専攻しております。

    吉田部長から、「一緒に宮城県名取市へ出張しないか?」と声をかけられたとき、私は迷うことなく即答しました。ただOISCAの現場での仕事を実際に体験してみたいという思いもあったし、これまで訪れたことのない宮城県の地を見てみたいという興味もあったからです。

    しかし、私が「行きます!」と返事をした直後から、吉田部長は次々と「宿題」を出し始めました。OISCAが宮城県で進めている海岸林再生プロジェクトの詳細、そして東日本大震災が日本にもたらした影響について事前に学ぶようにという指示でした。さらに、部長は『未来へつなぐ松 〜海岸林再生の記録〜』(小林省太著)という本まで渡してくれました。この本には、海岸林の再生プロジェクトの全過程が詳細に記録されており、宮城県名取市をはじめとする地域の歴史的背景や関係者の努力が余すところなく描かれていました。

    こうして、様々な資料を読み込みながら準備を進め、ついに出発の日がやってきました。期待と不安が入り混じる気持ちで新幹線に乗り、2025年3月18日、仙台市に到着しました。そして、出張体験が始まりました。

    ボランティアのレジェンド、大槻さんとの出会い

    名取市のOISCA支部に到着すると、吉田部長が「この方は大槻さんだよ」と紹介してくれました。大槻壽夫さんは、83歳にして今もなお、どんな天候でも海岸林の作業がある限り必ず現場に駆けつける、まさに「ボランティアのレジェンド」だという。

    その日の作業は、植えられた松の木に番号をつけることでした。これは、間伐された木を含めて、間伐前後の状況を比較するための大切な作業でした。私たちは、一定の高さで白い線を引いた棒を使って、その位置に番号ラベルをホチキスで固定するという手順で進めました。

    一見、簡単そうに思えたが、実際にやってみると想像以上に大変でした。松の針葉は鋭く、素手で作業すると手に小さな傷が無数にできてしまいました。手袋をつけると今度はホチキスがうまく扱えず、作業が思うように進みましせんでした。私は一本の木にラベルをつけるだけで時間がかかってしまい、もどかしさを感じていました。

    しかし、隣で作業していた大槻さんは、驚くほどの速さと正確さで次々とラベルをつけていきます。私は圧倒されながらも、「どうやったらあんなにスムーズにできるのだろう?」と考えていました。すると、吉田部長が「大槻さんのやり方を真似してみたら?」とアドバイスをくれました。私は、大槻さんのようにラベルのタグを口にくわえ、効率的に動くことを意識しながら作業を進めました。そうしたら、次第にコツをつかみ、作業スピードも格段に上がっていきました。こうして、第一日目の作業は無事に終了しました。

    名取市の海岸林を一望

    その日の作業が終わった後、吉田部長は私をある場所へ連れて行ってくれました。それは、名取市の海岸林を一望できるホテルの屋上でした。そこから眺める5キロにわたる海岸林の景色は圧巻で、「この風景があるのは、十数年間にわたるOISCAの尽力のおかげなのだ」と実感しました。

    吉田部長は、「ここに来るボランティアは、遊び半分で来るわけではない。皆、それぞれの役割を持ったプロとして、この海岸林の再生に真剣に取り組んでいるんだ」と語ってくれました。その言葉を聞き、改めてこのプロジェクトに携わる人々の覚悟と情熱に敬意を抱きました。

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