本部・啓発普及部の林です。
10月22日~27日に開催したウズベキスタンスタディツアーでの体験を
複数回にわたり、ご報告しています。今回はその2回目となります。
(前回のブログ)
23日のランチは、プロフ(中央アジアでよく食べられている「ピラフ」のような炊き込みご飯)が有名なお店でいただきました。上の陶器はお店の入り口にたくさん飾られていた中の3つを厳選!!
ウズベキスタン訪問が2回目となる私。前回の訪問時にどのお料理もおいしく、また特殊な香辛料による味付けやびっくりする辛さなどに出会うこともなかったので、「絶対に日本人の口に合うはず!」と断言していました。実際、今回のプロフも本当においしくて、かなりの量だったものの、ぺろりと完食したのに、男性の中にも大量に残している方もいらっしゃいました。「ちょっとお肉(羊)のにおいが……」とのコメントが多く、やはり食の好みは人それぞれなのですね……。それでも大釜で大量に調理している様子や、薪が大量に積まれている様子などを皆さん興味津々で見学したり、写真を撮影したりして、ウズベキスタンの食文化を楽しんでいるようでした。
この後向かったのは日本人墓地。日本人抑留者が眠る墓地は、墓守の男性によってきれいに管理されていることは事前に聞いていたものの、実際に足を運んでみてそのきれいな様子に驚きました。周囲の木々の枯れ葉が落ちる季節ですが、毎日2回きれいに掃き清めてくださっているからなのだそうです。おじいさんの代から3代にわたって墓守として日本人のお墓を管理してくださっているというこの男性のお手製のほうきをお借りして、少し掃き掃除をしてみると、束ねた草のいい香りがしてきました。
他国では、日本人墓地が荒れ放題になっている場所もあると聞きますが、ウズベキスタンでは、遠い国からでは遺族の方もなかなか来られないだろうと、海外の人たちの墓地を地元の墓守の方たちがきれいに管理をしてくれているのだと、駐日ウズベキスタン大使からお話をうかがったことがあります。参加者の皆さんと一緒に、墓地で眠る日本人の方々に手を合わせるとともに、こうして墓地を守ってくれているこの男性にも手を合わせ、頭を下げ、心からの感謝を伝えてきました。
次に訪ねたのは日本人抑留者の方々が建設に携わったというナヴォイ劇場。完成から年月が過ぎてからタシケントを襲った大地震でも崩れることなく、避難所として開放されたこと。それをきっかけに、当時の日本人が極限状態の中でも手を抜かずに高い技術の建築物を作ったことが注目されたことなどとあわせて、当時、食料も十分ではない中、地域の人たちが子どもたちに食べ物を持たせ、日本人にこっそり差し入れをしてくれたこと。そのお礼にと端材で人形やおもちゃを作り、子どもたちに渡したといった心温まるエピソードを聞いたことがあります。ウズベキスタンは遠い国ですが、日本人に思いを寄せてくださる方がたくさんいる、親日の国だということをあらためて実感することができました。
ここからは前日宿泊したウズベキスタンホテルの目の前にあるアミールティムール公園に徒歩で移動。
散策後はホテルに預けていたスーツケースをバスに積み込み、夕食をとってから空港へ。
タシケントから約1時間半ほど西に移動したヌクスの町が明日からの活動拠点となります。
次回に続く