2025年2月13日

講演会「気候変動と防災になぜ森林? -国内外の森林保全・再生の意義を深く考える-」【1/21実施レポート】

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  • 講演会「気候変動と防災になぜ森林? -国内外の森林保全・再生の意義を深く考える-」を実施しました。

     ○日 時:1月21日(火)15:00~16:30

     ○場 所:東京ミッドタウン八重洲カンファレンス

     ○講演内容:「気候変動と防災になぜ森林? -国内外の森林保全・再生の意義を深く考える-」太田猛彦氏(東京大学名誉教授)

    **講演内容要旨 目次**

    1.持続可能な社会と森林(カーボンニュートラル・ネイチャーポジティブと森林管理)

    2.日本の森林の変遷

    3.Eco-DRR(生態系を用いた防災減災)

    4.現代の森林管理(森林・林業基本法成立以降)

    5.森林管理の新しい考え方(令和時代の森林管理)

    1.持続可能な社会と森林(カーボンニュートラル・ネイチャーポジティブと森林管理)

    ・森林の管理はカーボンニュートラルにもネイチャーポジティブにも影響を及ぼす。

    ・ハワイのマウナ・ロア観測所(標高3400m地点)で観測した大気中の二酸化炭素濃度は、1956年に280ppmだったが、2023年には420ppmに上昇

    ・地球環境問題を私の見方で分類すると、①土地と水の利用の問題と②地下資源利用の問題に大別できる。地下資源利用の問題はほとんどが廃棄物問題であり、その最大の問題は化石燃料の廃棄物による地球温暖化問題だと考える。すべての地球環境問題のしわ寄せが「生物多様性喪失」の問題であり、これも大問題である。

    ・地球環境問題への世界の取り組みとして1992年の地球サミットで「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」が締結された。

    ・人類の生活は安定した気候と生態系サービスに依っているが、現実は地球温暖化と生物多様性減少の問題に直面し、この問題を解決するため、1992年の地球サミットで気候変動枠組条約と生物多様性条約が締結された。これらの問題は、20世紀末にはすでに分かっていたことだと思う。その対策として京都議定書(1997年採択2005年発効)と愛知目標(2010年名古屋で開催のCOP10)が出されたがうまくいかなかった。

    ・地球温暖化と生物多様性減少への対策が実質的に動き出したのが、2015年9月に採択されたSDGsの議論がまとまったころから。

    ・その対策のひとつが京都議定書の後継となるパリ協定(2015年のCOP21で採択)。

    ・パリ協定以降、特に企業関係の対応として重要なのがTCFD(気候変動関連財務リスク情報開示)である。

    ・2018年に「1.5℃特別報告書」(2018年10月にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表した報告書)が出され、2020年に菅内閣がカーボンニュートラル宣言を出した。

    ・しかし、2024年に地球表面の気温上昇が1.5℃を超えてしまった。状況は益々深刻さを増している。気候危機への危機意識を高めなければならない。戦争をやっている場合ではないのではないか。

    ・温暖化により、大気中の水蒸気量が増加し豪雨が発生し易くなった。海面水温の上昇により台風も発達し易くなった。

    ・最近は、大気のかく乱が激しくなり線状降水帯が平地でも発生するようになってきた。

    ・乾燥が進み、世界では火災も増えている。

    ・「安定した気候」と「生態系サービスの維持」は人類が生存する持続可能な社会の基本。

    ・基本が達成されなければ、日本人の営みも森林・林業も何もない。2つの基本の目標が「カーボンニュートラル」と「生物多様性完全回復」。その枠組みを決めたのが「パリ協定」と「昆明・モントリオール枠組」。企業もTCFDとTNFDで対応していくことになっている。

    ・国内ではGX(グリーントランスフォーメーション)に向けた基本方針と、生物多様性国家戦略2023-2030ができた。後者の目標がネイチャーポジティブであり、2050年の目標としては生物多様性のフルリカバリーを目指すべきではないか。これを全世界で実施しようとする目標がSDGsだと私は整理している。

    ・森林の管理は気候変動にも生物多様性にも大きく関わる。それは、森林が地球環境保全機能や生物多様性保全機能など多面的機能を持っているから。

    ・2001年に制定の「森林・林業基本法」では、森林整備の第一目的は「森林の多面的機能の持続的発揮」とうたっている。

    ・森林の多面的機能は8つの機能に分類されている。
     ①生物多様性保全 ②地球環境保全 ③土砂災害防止・土壌保全 ④水源涵養 ⑤快適環境形成 ⑥保健・レクリエーション ⑦文化 ⑧物質生産

    ・森林の持つ大切な役割は、生物多様性の保全が第一。なぜなら、森林には陸地に生息する動植物種の2/3以上が存在しているから。
    ・森林による二酸化炭素の吸収とそれを長く貯蔵するのが温暖化防止機能。地球の気候がおかしくなってきたのは温暖化だけの影響ではない。
    ・3億6500万年前から地球上に森林が存在する。最初は針葉樹の森ができた。森林が大陸の奥地まで広がることで大陸の奥地で蒸発散が起きる。「森は海」だ。陸地を緑で覆わないと。 
    ・「森林・林業基本法」に記載の「森林の多面的機能」の中に「地球環境保全機能」とあるが、これは、温暖化の緩和と気候システムの安定の両方の機能を表現するため。
    ・気候システムの安定という意味で、植生がなければ水は地表を流れるだけだが、植生があれば水が土の中に浸透する。森林では年間降水量の約半分は蒸発・蒸散作用で大気中に戻り、水循環に寄与する。沙漠では水の浸透と蒸散作用はなくなる。気候の安定のため、地球全体を元の森林で覆わなければならない。

    ・森林は、地球環境保全と生物多様性保全の両方に関わり、これらに対応した上で木材生産・利用を進めていけば、林業は地球にとってプラスの産業。基本を外し、森林は二酸化炭素を吸収するという観点だけでは不足。

    ・森林は世界中で減り続けているのが現状。

     森林面積は1万年前が約62億ha、陸地面積の42%だったのが、1990年に42.4億ha、28.8%。2020年に40.6億ha、27.6%と減少し続けている。

    2.日本の森林の変遷

    ・地球の温帯域の中で島国はイギリスと日本、ニュージーランドが主で、大陸の影響を強く受け、南北に細長いのは地球上に日本のみ

    ・日本は夏雨型で、夏に雨が多いのは熱帯地域と同じで植物がよく繁茂する。イギリスは冬雨型。温帯域の島国で夏雨型の日本の森林は地球上で貴重

    ・世界の森林の定義は成熟期の樹高2~5m、樹冠率(樹冠面積/森林土地面積)10~30%以上で、一時伐採されても森林と定義されている。これに比べると日本の森林はいかに豊かで特色があるか。熱帯の森林は、炭素はすべて地上部分にあり、土壌は地下に10cmしかなく、雨が多く気温が高いので微生物で分解され貧栄養状態。日本の森は地下にも養分が豊かで厚い土壌。北方の亜寒帯林は太陽エネルギーが小さいため、炭素はほとんど地下にある。地下は泥炭層のため植物が養分として利用不可。

    日本の温帯林は木材の循環利用に適した森林。

    <日本の森林の管理を「基本法の変遷」を軸に考えてみる>
    ・日本の森林を巡る課題はあげればきりがないほどある。

    ・森林法が明治時代中頃にできたのはなぜか?森林の管理に関する法律は大きく3つ

     ○1897年 森林法(保安林制度)

    →国土保全法として、治水のための河川法、砂防法と同時期につくられた。 ・日本の過去の山は現在と異なり、はげ山ばかり、川は土砂で天井川。戦中、戦後に山に木がなくなったわけではなく、江戸時代の浮世絵から江戸時代にも山に木がないことがわかる。山に松しかない。養分のないところに育つ松しか生えていなかった。

    ・江戸時代の人口3000万人を支える燃料や材料はすべて木。あとは石と土。山に木がないのは当たり前。

    ・歴史を少し遡ると、生物学者のジャレド・ダイアモンドは、農業社会以前の縄文時代(紀元前600年以前)の文化を「森を利用したもっとも豊かな狩猟採集民族文明」と表現。稲作がなくても高度な文明があった。どの木が何に適しているかを日本人は熟知していた。狩猟採集より稲作の方が単位面積あたりの人口収容力が大きいので、集落ができ稲作文明が発達した。飛鳥奈良地方の人口が増え始めそこから森林がなくなっていった。

    ・藤原道長(966-1028)の時代には近畿地方で森が減少し、江戸時代には全国で森が減少した。

    ・日本人は目いっぱい森林を使い2000年過ごし、日本文化をつくりあげた。アジアで最初にヨーロッパ文明を取り入れる素地を作ってきた。日本文化形成の原動力はお米だけでなく森林という木材を使った文化。ゆえに山ははげ山になり、江戸時代の里山は荒廃していた。

    ・300年以上、豊かな森があったところは国土の半分以下。1684年作成の山城国の絵地図には、はげ山、草山という表記があり、森と書かれている場所はほとんどない

    ・森を使わなければ生きていけない。木に頼る以外になかったため、「山に木を植えよう」という考えが始まり、江戸時代には洪水氾濫対策として「治山治水」のために木を植えた。一方で、土砂留工事が17世紀以降に、砂留工事が1700年ころから発達してきた。山から川を伝って砂が大量に運ばれ、海に出て、海岸に大量の砂が堆積したため、海岸に松を植え、飛砂の害を防いだ。

    ・明治時代には人口が増え、産業が発達するが、燃料資源は木材のみ。明治の中ごろの山ははげ山ばかりでひどかった。

    ・そのため洪水氾濫や土砂災害が激しかった。そこで保安林制度と森林監督制度を二本柱とする森林法ができた。

    ・明治時代はまだ資源を木に頼っていたため、ある程度成長したら伐採して使ってしまうので樹齢20年以下のものしかない。シイ、カシは成長が遅いため植栽されず、ほとんどがナラとクヌギ、松。これが雑木林。樹齢20年以上の林は里山ではない。

    里山は生物多様性に富む豊かな森と言われるが、基本的には荒地生態系。

    ○1964年 林業基本法(林業振興)

    ・1960年代、高度経済成長期には増大する木材需要に対応するため、大面積の皆伐、奥山まで拡大造林、国内の供給では不足する材は外材を導入。一方で、大型建造物の鉄筋コンクリート化が進み、燃料も地下資源を使用するようになり、森林や木材が使用されなくなった。

    ・そこで、林業家の所得向上を図るため、1964年に林業基本法が成立。

    ・以来、日本全体の森林面積は2,500万haでほとんど変化ないが、日本全体の森林蓄積量は年々増加し、「森林資源現況調査」によると2017年には52億4千万㎥。現在、日本の森林は充実し「森林飽和」の時代。「森林生態系多様性基礎調査」という調査でも森林蓄積量を計測していて、この調査によると蓄積量は86億㎥。いずれにしても蓄積量は年々増加している。

    ・森が豊かになり、生態系が変化し、竹林の繁茂、花粉症の増加などの新たな問題が出てきている。

    ・現代は、農業の近代化、過疎化、耕作放棄地の増加、竹林の繁茂、病虫害の発生、強風による高齢木の根返りや枝折れによる事故の発生、伐採除去費用の高額化、獣害など、森林(里山)の管理が難しくなっている。

    ・人口が増え、住宅、インフラ整備のため山を開発したことで土砂災害が問題になっている。表面侵食対策としては、落ち葉や草などの植生が土の表面を覆うことで問題を減らすことができる。畑など、表面に植生がなく土だけの場合は、土の粒がつぶれてできた膜で雨水が浸透せず地表流がおきる。一方で豪雨時に水が大量に浸透した場合は木の根で留めねば表層崩壊が起こる。

    ・戦後の大面積皆伐時代は山崩れや土石流が多発していた。広葉樹、針葉樹、天然林、人工林の区別なく樹齢が20~30年を超えると山崩れを減らす効果がある。

    ・2014年広島県で土石流被害が発生したが、豊かな森林が山崩れを防止しているため、その発生は少ないものの、温暖化による降雨の強大化で土石流化して激甚災害が発生した。昭和時代中期と比較すると山崩れ自体は圧倒的に減っている。 ・このことから、江戸時代に儒学者たちが推進した国土保全のための「治山治水」は成功し、完成したといえる。一方で、砂が山地から海に運ばれなくなったことで海岸の砂浜は日本中で浸食されている。

    3.Eco-DRR(生態系を用いた防災減災)

    ・治山事業はEco-DRRであり、NbS(Naiture based Solution)である。当然グリーンインフラである。

    ・日本人は「治山治水」という観点で江戸時代以降、水害や土砂災害に立ち向かった。明治時代以降は治山事業と砂防事業で土砂災害と闘った。

    ・山崩れ自体は自然現象だが、そこに人の営みがあり生命や財産を奪うとなると災害となる。危険な自然現象の発生可能性がある場所と家屋などとの間に緩衝帯を造ることで、人や財産が危険な自然現象に暴露されることを避ける。また、物理的な防災施設や建物の強化で脆弱性を低減することで災害リスクを減らすことができる。緩衝帯に海岸防災林やマングローブ林などの森林を造ると脆弱性を低減する効果がある。

    ・参考として、地球の物理的な2つの循環に森林が関わっている。太陽エネルギーと重力によって大気中と地球上を巡る水循環の周期は約10日といわれ、地球内部エネルギーと重力による土砂の循環は数十万年から数百万年。この両方に森林が関わっている。

    ・国際的には2004年に発生したインドネシアのスマトラ島沖の巨大地震でマングローブ林が津波威力を軽減したことにより、生態系を利用した防災減災が知られるようになった。2015年の国連防災世界会議で防災減災の手段の一つとしてEco-DRRが位置づけられたことにより注目されるようになってきた。

    ・国内での事例として、環境省「生態系を活用した防災減災」に関する検討会報告書(2015年)によると、Eco-DRRの事例として、①森林保全による斜面崩壊・洪水緩和防止 ②繁茂する竹の伐採 ③棚田による洪水緩和 ④水田を活用した洪水緩和 ⑤都市緑地を利用した浸水被害軽減 ⑥遊水地による洪水緩和 ⑦湿地再生による洪水緩和 ⑧サンゴ礁による風波のエネルギーの減衰 ⑨マングローブによる高潮被害緩和 ⑩屋敷林による防風対策。 ・Eco-DRRという観点で治山事業をみると、「森林の維持造成を通じて(間接的に)山地災害から国民の生命・財産を保全するとともに、水源の涵養、生活環境の保全・形成を図る」という治山事業の目的から、治山事業(保安林管理)はEco-DRRそのもの。

    ・森林が土砂災害を減災する仕組みは、

    ○土砂災害は(表面侵食や表層崩壊による)風化土壌層の侵食、発生した土砂の運搬(土石流の流下による。侵食も発生)、(崩壊土砂や土石流の)堆積によって発生する。

    ○森林の落葉落枝層(A0層)や下草が雨撃層(クラスト)の形成(地表流の発生)を防いで、表面侵食を発生させない

    ○その結果雨水は地中に浸透するが、今度は森林の根系が風化土壌層の崩壊を防ぐ

    ○さらに雨水が土壌層や山体内部(地下水帯)に一時的に貯留されることによって洪水の発生を低下させる

    ○表面侵食により発生する土砂や表層崩壊土砂の一部は森林内に補足されることにより下流への流出・堆積を防ぐ

    ○その他にも森林の樹冠が暴風、津波、飛砂、潮風、雪崩などを緩和する

    ・江戸時代の国土保全策は、土砂留め工事でさえ森林を造成するために行うもので、Eco-DRRそのもの。

    ・保安林は17種類あるが、指定目的は11号まであり、1号から6号まで(17種類のうちの12種類)が直接的なEco-DRRである。Eco-DRRでなくグリーンインフラという言葉になると17種類すべて関わる。Eco-DRRは令和4年度の森林・林業白書でも採り上げられている。

    ・日本の森林管理は、はげ山が多かった森林劣化の時代を経て、現在は森林飽和の時代になり、今後は持続可能な社会に貢献する必要がある。これからの林業を考えた時、「森林は温暖化・気候変動に対応し、生物多様性の保全は当然のこと、国内や地域の問題としての防災や水保全にもきっちり対応することが重要」。これを社会的に監視するのが世界的に広がりを見せているFSCなどの森林認証制度。

    ・フィリピンでは今も昔の日本の山と同じはげ山が連なる。

    ・発展途上国では劣化した森林の回復が必要であり、将来、森林回復・維持をしなければならない。途上国でも日本がたどってきたことと同じことをしなければならない。そのためには、「森林の破壊と回復の歴史」「災害列島日本の経験」「森林生態系を用いたNbS・Eco-DRR」「治山治水と流域治水」「森林・林業基本法の理念」を世界に伝えることが必要。

    ・気候を安定化させるためには、温暖化防止だけでなく、それぞれの地域の気候に合った植生を回復させなければならない。

    多雨地帯の森林だけでなく、マングローブ林、サバンナ、半乾燥地の植生も回復させなければならない。

    ・ネイチャーポジティブを超えて生物多様性を完全回復させるためにも、地球上のすべての森林を回復させねばならない。ここにオイスカの経験が重要になる。

    ・オイスカは「人類は皆友だち」の理念のもと、世界の開発途上国を中心に、60年以上の長きにわたって、環境・生活改善のための森づくりや農業技術支援などを行ってきた。

    ・国内での最も大きな森づくり活動が宮城県名取市で展開されている「海岸林再生プロジェクト」。

    ・Eco-DRRの典型的な事例が「海岸林再生プロジェクト」

    「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」での報告書に沿い、東北地方の海岸林は再生されている。オイスカはかつて立派な海岸林があった場所で林野庁が築いた土壌基盤の上に植栽し、現在、立派に育ってきている。海岸林は、かつては本数調整伐など行わなかったが、現在は海岸林でも間伐を実施するようになった。

    ・オイスカは海岸林だけでなく、海外ではウズベキスタンでの砂漠化防止事業のほか、マングローブ植林、「子供の森」計画を実施し、日本でも富士山でも植林事業を実施している。このような森づくりを60年以上も実施しているNGOは他にない。ここに関われたことが私も嬉しい。

    4.現代の森林管理(森林・林業基本法成立以降)

    ○2001年 森林・林業基本法(持続可能な森林管理)

    ・1964年に「林業基本法」ができた後、地球環境問題の顕在化、国内でも環境保全への期待の高まり、木材価格の長期低落による森林所有者の経営意欲の低下などの理由で林業基本法では対応できなくなったため改定が必要となり、2001年に「森林・林業基本法」ができた。

    ・森林に対する国民の期待調査(内閣府世論調査)によると、森林・林業基本法が制定された2001年は「木材生産」に対する期待が最下位であった。それを反映して環境に配慮した基本法ができたのは確か。

    ・日本学術会議の2001年の答申の際、私が考える「森林の原論」を答申に書き込ませてもらった。

    森林の原理とは、少々大げさなネーミングだが森林と人間の関係に関する基本的ルールのようなもの

    ・森林すなわち「植生」は、「気候」「地形」「地質」と並ぶ自然環境の構成要素の一つであり、しかも生命活動を行っている要素である。縄文時代は、森林の中に人間は暮らしていた。

    さらに、人類が生存している地球上の現環境は、森林が地球上に初めて出現した約3.6億年前から、陸域に森林が存在することを前提として、少しずつ形成されたものである。

    森林の中から生まれ出た人類にとって、とくにかつての森の民・日本人にとって、それは生存そのものを保障する基盤の一部でもある。したがって、生活のほとんどの場面で森林が有益なのは当然である。」(答申原文)

    ・弥生時代以降、特に現代社会は、森林の中にいた人間が森林の外に出て、環境を構成する要素として地球環境まで脅かす存在になってしまった。構成要素の「地形」「地質」「気候」「植生/森林」「人類」のうち、現代は特に「気候」「植生/森林」「人類」に関わる問題が大きくなり、「人類」と「気候」に関わるのが温暖化防止・気候の安定、「人類」と「植生/森林」に関わるのが生物多様性の保全。

    ・森林は、約3.6億年前に地球上に出現し、①光合成による二酸化炭素の吸収と炭素の固定 ②化石燃料の生成 ③蒸発散作用による気候の安定 ④生物多様性の獲得 ⑤豊かな土壌の生成により、現在の地球の環境を創造してきた。人類をも!

    ・2000年以上も続いた日本の稲作農耕社会の中で、食糧以外の資源やエネルギーをほとんどすべて森林生産物に頼ったように日本人は「稲作農耕森林民族」であった。森林は生活や習慣、文化、地域性にも影響を与え、日本という国をかたちづくってきた。日本の国土、日本人にとって森林は「環境そのもの」であり、「文化を形成した」ものでもある。

    ・一方で、日本人は森林を資源としてその生産物を使用してきた。しかし、樹木を多く伐りすぎると環境保全機能などが機能しなくなる。かといって伐らないと使えない。物質利用原理と環境原理とは「トレード・オフの関係にある」が、両方が機能するようバランスをとることが森林管理の基本の「き」。

    ・環境原理(生物多様性保全、地球環境保全、土砂災害防止、水源涵養、快適環境形成)と物質利用原理はバッティングするが、両方のバランスをとり上手に木材を使いましょう。バランスが取れているかどうかをチェックするのが森林認証制度。

    ・森林は多面的機能を持つため、一つの機能の評価結果からその森林の存在そのものを評価するのではなく、森林が存在する場所や立地、地域により管理上、重視すべき機能の順番を考慮して「使う森」と「護る森」を整理して森林管理をすべきである。

    「護る森」:①生物多様性保全林 ②土砂災害防止林・土壌保全林 ③水源林

    「使う森」:④木材生産林 ⑤水源涵養木材生産兼用林 ⑥保健・レクリエーション林・教育林

    ・森林の持つ多面的機能の7つの機能の項目ひとつひとつをチェックすれば森林の問題は整理できる。物質(木材)生産機能に関する獣害や林道網の整備不足、サプライチェーンの未整備などが現在の林業の課題。

    これらから、持続可能で適切で多面的機能を持続的に発揮させる森林管理が整理できるだろう。

    ①森林資源の長期的、安定的な維持ができる森林管理とは何だろう?

    ②生物多様性保全に貢献する森林管理とは何だろう?

    ③地球温暖化緩和に貢献する森林管理とは何だろう?

    ④山地災害防止/土壌保全に貢献する森林管理、いわゆる「災害に強い森づくり」とは何だろう?

    ⑤水源涵養機能の発揮に貢献する森林管理とは何だろう?

    5.森林管理の新しい考え方(令和時代の森林管理)

    ・あらためて森林の機能についての政府の認識の変遷を見てみると、

    明治時代、国土保全法として1897年に「森林法」が制定された。

    昭和時代後期、木材生産を行う林業家を守ることを主に1964年に「林業基本法」が制定された。林業基本法は、適切な林業は公益的機能を高めるとし、森林の公益的機能(山地災害防止・土壌保全、水源涵養、保健・休養、文化)は都市住民の要望として外部経済性として処理された。

    平成時代中期、都市住民の要望をすべて含み、森林の多面的機能を条文化して2001年「森林・林業基本法」が制定された。林業家からの視点のみでなく、都市住民の要望も入れた内容となっている。

    ・2001年の「森林・林業基本法」制定後、生物多様性の問題が浮上。

    内閣府世論調査による森林に対する国民の期待の調査では、選択項目に「生物多様性」が明示されていない。

    ・世界では「生物多様性」は普通の言葉になっている。温暖化の問題もあり、2015年ごろから森林に対する国民の期待は新しい時代に入っているのではないか。

    ・以下、森林と地球との関係を掘り下げる。

    ・SDGsはミレニアム開発目標の未達成の課題と地球環境の悪化、パンデミックなどの新たな社会現象と不安定化する世界をすべてまとめて解決することを目的にできた。

    ・持続可能な社会を目指し、誰一人取り残さないとうたっているが、細かく読むとレジリエンスという言葉が多く含まれている。SDGsはレジリエンスな社会も目指していると解釈している。

    ・SDGsと企業との関係では、①公害対策の時代 →②CSRの時代 →③ESG投資の時代 →④サステナビリティの時代 

    ・「地球温暖化に関する私見」

    ・地球と人間の関係を考えてみると、2003年の日本学術会議の対外報告で「真の循環型社会を目指して」というレポートがでている。この時代にはまだ一般社会では「持続可能な社会」という言葉は出ていない。 

    ・昔、農耕社会では太陽エネルギー資源のみを使用していたのでゴミが少なかったが、地下資源を使用するようになり、鉱業、電力業、製造業、通信、金融など人類の活動は増えたが、一方で廃棄物が増えて地球環境問題まで起こってきた。

    ・産業革命以降、資源とエネルギーを地下資源に頼り、地下から掘って掘って掘りつくした。底なしに工業化社会は成長すると思っていたが、地球環境という容量の壁にぶつかって地球環境問題が発生してきた。

    ・私たちは地下資源を使うことで豊かになったが、廃棄物は地球そのものに影響を与え始めた。

    ・私たちは地球の表面の「薄っぺらな空間」の中で活動している。地球環境の場とは地球表面の厚さわずか2~30キロの薄っぺらな空間(対流圏+海洋)。つまり、これが「生物圏」の空間。地球環境の場(空間の厚さ)は、地球の半径の約1/200。

    ・もともとは大気中と水中にあった物質が変化して鉄鉱石、石灰岩、石炭、石油、リン鉱石となったものが地下に埋められたことで生物圏(大気中と水中)の環境が変化し、この変化の中で生物が進化してきた。この変化が別の変化をしていたならば生物の進化も変わっていたはず。地下資源を使用するということは、地下に埋めたものをもう一度掘り起こして生物圏に戻しているということ。

    ・掘り起こした地下資源の廃棄物は生物圏に溜まるしかない。人類は産業革命以降地球の進化の方向と逆のことをしている。

    ・現在の人類が地球の大気環境、海洋環境を変えている裏には、地下に埋めた物質を再度掘り起こしたことにも拠ると考えている。地下資源の利用はもっと慎重に行うべきである。地球の進化の方向と逆の方向を人類がしている。地球上に森林が広がったのに、人類が森林を減らし、生物多様性が広がったのに、人類が減らしている。地下に埋めて地球の環境を変えてきたのに、元に戻している。

    地下資源をなるべく使わないようにして、地上資源、太陽エネルギー資源を使いましょう。

    ・「森林の原理」(2001年作成)では、環境原理と(物質)利用原理が対立しているのに対し、「新しい森林の原理」(2004年作成)は、生物多様性を保全し、持続可能な森林管理を行えば、木材を使用すればするほど環境にプラスになる。これが、地球上で「木材を使いましょう」と言う理由。ただし、他の機能をカバーした上で木材を使用しなければならない。

    このようなことを考えていくことがこれからの森林管理に繋がると考える。

    <結論>

    ・2001年施行の「森林・林業基本法」の森林整備の第一目的は、「森林の多面的機能の持続可能な発揮」。これは四半世紀経過した現在も有効。

    ・25年経過し、生物多様性の保全はさらに重要に。温暖化防止はこれまでも重要と思われてきたが、加えて生物多様性の保全も重要になってきた。

    ・「森林・林業基本法」が施行された2000年ごろと現在の変化は、生物多様性保全に資する森林管理がより注目されるようになってきている

    ・「林業基本法」(1964年)に森林の公益的機能が含まれたのは、都市住民の要望に対応してのこと。都市には森林はないものの、森林管理を適切にしてもらわないと都市で洪水が発生するので適切な森林管理を林業関係者に要望した。

    ・公益的機能を木材生産も含めて森林の多面的機能としたのが「森林・林業基本法」 

    ・地球温暖化と生物多様性減少の問題は、地球全体の問題であるため、地球全体が生き延びるため、森林のない沙漠の国も島しょ諸国も森林のある国に対し、適切な森林管理を通じ、温暖化防止と生物多様性保全をお願いしていいのではないか? 

    ・昔、都市の住民が要望して「林業基本法」の時代に森林・林業の公益的機能が強調されたように、沙漠の国の住民が森林のある国に要求する事情があると思う。 

    ・21世紀初頭に都市住民と森林住民との関係で「森林・林業基本法」ができたが、地球環境がさらにおかしくなっている今の時代、かつて森のない平地の住民が水害防止のために森林の保全を要望したように、森林の少ない国の住民も人類生存の基盤である森林の保全を要求できるはず。

    ・森林の多面的機能は全人類の要望

    ・たまたま森林が豊かな国だから日本は林業が可能。林業を地球環境保全に貢献でき、持続可能な社会のためにプラスになるようにすれば、林業そのものが公益的産業となるし、公益的産業になってほしいと願っている。そのためには森林管理をきちっとした木材を使って欲しい。それをお手伝いできるのが森林認証制度ではないかと思う。

    ・林野庁が発表した指針「森林の生物多様性を高めるための林業経営の指針」(2024年3月)をきっちり受け止め、森林の管理を行う。その上で木材生産を行ってほしい。

    私は、森林の原則または理念をこのように考えます。

    ○現在、森林の多面的機能で最も重要なのは「地球環境保全機能(地球温暖化防止機能、正常な水循環の維持機能)」と「生物多様性保全機能」である。

    ○森林はその多面的機能によって人類社会に貢献する存在(土地利用)であらねばならない。すなわちその管理は公益的であらねばならない。

    ○木材生産に関わる産業(林業・木材産業)も公益的であることをもってその存在理由が主張できる。

    ○したがって、地球環境保全機能と生物多様性保全機能を増進する林業・木材産業であれば、林業・木材産業こそ最高の公益的産業であると言える。

    ○私は「林業・木材産業こそ公益的機能第一の産業であって欲しい。そういう産業になってほしい」と思っている。

    若い人を含めて、国民全体で森林について考えて欲しい。勉強してほしいと願っています。

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