我が町の中田島砂丘と防災林
国際協力ボランティアの木村です。
西日本研修センターでの研修を終え、お休みをいただき帰省しました。
私の出身地、浜松は地震が多く、東日本大震災の時のような津波が来た場合、我が町は大丈夫だろうかと思い、中田島砂丘にある松林を見に行ってきました。
この中田島砂丘は鳥取砂丘(鳥取)、吹上浜(鹿児島)と並ぶ、三大砂丘に数えられるほど、砂と風が生み出す、風紋が美しい場所です。また、アカウミガメが産卵する場所としても有名です。
さて、肝心の松林の方ですが、遠州の空っ風とも言われる、とても強い風の影響でマツの形が傾いていました。そして、風の影響か、茶色になっているところもありました。遠州の風の強さを物語っているように思えました。強い風により砂が飛ばないように「堆砂垣」が至るところにありました。砂が積もり、高くなると堆砂垣も高くして砂丘を高くしています。砂丘が凸凹していてサンドレーシングができそうな感じでした。
地元にしっかり、海岸林があってホッとした反面、それでも津波が来たら、大丈夫かなという不安もあります。
オイスカがプロジェクトを進める名取市を含め、海岸林を失った地域の人は、私が思う以上に不安を抱いたまま、暮らしている現実があるのだと感じました。
名取はまだ浜からの東風。東京と気温は変わりません。
湿度も高く、潮風もあって肌がべとつく感じです。
もうすぐ風向きが蔵王からの西風に変わり、
凍てつく、刺すような寒さの時期を迎えます。
私はおかしいと言われながら、まだ半袖。
第一育苗場の大友班長のお宅に行く途中、
収穫を終えたミニトマトのハウスの耕起をしているOさんを見かけて、ちょっと立ち話。
「ブロッコリー、カリフラワーの収穫も始まったよ。今は風が弱いからいいけど、
春の収穫の前には蔵王おろしでは砂が舞うから中に入っちゃうと品物にならないんだよ。
中に入った砂は取れないでしょ。小松菜は何だか徒長気味なんだ。何でかなあ」
班長宅に着くと、奥さんと、14時までにJA集積所へ出荷する作業の終わりどき。
「小松菜は天候が良すぎて大きくなりすぎ、一つ10円安。自分で食べてみて旨いのは10円安のSサイズ。好まれるのはMサイズと。収穫の手が回らなくて大きなLサイズになってしまう。(Lサイズ、スーパーの袋一杯にお土産で頂く)青梗菜に戻る人も出てきたよ。仙台の市場は好みがうるさくって厳しいんだよ」
「自分の田んぼはもう人に貸すことにしたけど来年から田んぼ(ひとめぼれ)が始まる。国の方針で大規模化が進んでいる。0.1ha単位でなく、1ha単位だよ。
できる人は限られるね。うちの部落からは田んぼやる人は一人だね。
8月上旬に穂はついたとき、潮風の影響がどう出るかだねー。
穂がこすれるとダメなんだよねー」
班長は自治会長。
「名取は他地区から人が入ってきて、うちの自治会も3倍の人口だよ。でも自治会に入ってくれないんだ。自治会って何するんですかって。説明するのが面倒だから、『いざという時しか何もしません!』って言ってるよ。津波が来て隣近所のこと何も知らなかったら助けられないでしょ。そういうの分かってくれないんだ。別のところに引っ越したうちの自治会員はこっちの自治会に入りたいって言う。そんなことしてたら隣近所と全然交流できないじゃない。新しいところで、そこの自治会に入りなさいって言ってるんだ」
「忙しいね。いまだに日曜日はガレキ拾いなんかに駆り出されるんだ。休みないね。これからもう一回、小松菜出荷するよ。今は23日で収穫できるけど、次の収穫は寒くなってるから露地では30日かかるね。冬のハウスでは2か月かかるよ」
「どうもね!」(班長の口癖)
「今度温泉行こうね!」(奥さん)・・・・・・企画立てなさい!の意味か?
第2育苗場は3ヵ所の農場に分散しています。
この写真は2012年3月30日播種の普通クロマツ。1.5歳ということです。第一育苗場と比べ針葉が長いです。同じ品種ですが。ここは南側に森林があり、水遣りにも苦労があります。土壌は申し分ありません。
ここはTさん自宅前。2013年5月13日播種のマツノザイセンチュウ抵抗性クロマツのコンテナ苗。震災後5月末に海岸林再生に向けて意気投合した一人ですから、自宅庭を育苗場にして、コンテナ苗への潅水など、日々の世話を細かく行いやすい環境をつくりました。水管理インフラが整っているので、来年以降、ここはクロマツだらけになると思います。奥さんともゆっくり話ができました。女性と話をすると、貴重な情報を得ることができます。
そして最後に、第二育苗場を担う「北釜耕人会」の男性陣と。女性陣は写真を撮る気配を感じると、すぐさま消えてしまいます。ここは2013年4月25日播種の普通クロマツです。
第2育苗場は生活の場、日々の農産物生産の場でもあり、皆さんをご案内することはほとんどありませんが、第一育苗場と同じ看板もあり、全く同様にすすめています。
生の松原と虹の松原 ~西日本研修センターより~
国際協力ボランティアの木村です。
久しぶりの投稿です。
私は8月から2ヵ月間、福岡にあるオイスカ西日本研修センターにて研修を受けておりました。
研修中は西日本支部の啓発普及事業に携わる期間もあり、その期間を利用し、上司の方に頼み込み、福岡西区にある、生の松原と佐賀県唐津市にある、虹の松原を見に行ってきました。
まず、生の松原のほうですが、鎌倉時代にモンゴルの元寇を防ぐための元寇防塁としても有名な場所で元寇防塁史蹟、玄海国定公園、防風保安林に指定されている海岸林です。石垣と松林と海が絶妙に重なり合った、美しい場所です。
次に虹の松原ですが、ここは三保の松原(静岡)、気比の松原(敦賀)と並ぶ、日本三大松原の一つです。車道の両脇に松林が広がり、車で走っていると、まるで松のアーチを潜っている感覚になります。車から降りると、松の香りが鼻腔をくすぐりました。ここも名取市同じように後背地にある作物を守るべく、防風、防潮、防砂のためにマツが植えられたのが始まりだと言われています。実際に田んぼがありました。さらに線路があり、電車も走っていました。
どちらの松原も海岸沿いにきれいなマツのラインを描いています。今まではプロジェクトの現場で目にするのは、小さな苗ばかりだったり、治山工事をしている現場だったりしたわけですが、今回の2つの大きな松林を見ることによって、海岸林再生プロジェクトの完成形をイメージすることができました。と同時に不安も覚えました。あの数十センチの苗がどっしりとしたマツになるのか…正直、不安です…。しかし、途方もない年月をかけてでも再生する!という強い気持ちがあってこその、海岸林再生プロジェクトです。不安との戦いもまた、覚悟の上!ゴールはあるから大丈夫さ!という気持ちですよね。
後世に伝えるべき治山
10月3日、第51回治山シンポジウム「後世に伝えるべき治山~よみがえる緑~(主催:治山懇話会)
をゆっくり聴講いたしました。
林野庁「東日本大震災に係る海岸防災林の再生に関する検討会」の座長を務め、
今はオイスカ顧問でもある太田猛彦先生(東京大学名誉教授)が
選定委員会座長として選定結果を公表されました。
今年は、明治44年からの治山事業100年に当たるのです。
それを受けて同日、林野庁も「後世に伝えるべき治山」選定箇所を記者発表しました。
http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/suigen/131003.html
60箇所の選定結果
http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/suigen/pdf/131003-01.pdf
この中には足尾銅山など、皆さんご存知の場所がいくつもあると思います。
治山関係者でなくても誰でも知る場所が、かつては大変な状況にあったわけで、
まさに蘇えった緑という事なのですね。
住民の生活を守るために、苦闘の末、新たに造成された海岸林も多々選定されています。
私たちが学んできた海岸林も選ばれております。
■北海道・襟裳岬
■秋田・風の松原
■富山・入善町
■静岡・遠州灘
ちなみに、60箇所中11箇所が海岸林です。
岩手・宮城内陸地震の山地災害に関して
「治山関係者は、もっと多くの人に知ってもらう努力をしよう」という気持ちが伝わるシンポジウムでした。
久々に各家をたずねて
9月下旬、北釜地区の3家族を中心とする第2育苗場をお盆を挟んで1か月半ぶりに訪ねました。農業インターンとパートさんが小松菜生産に加わり、年間6回を出荷目標で、まさに「頑張っている」。
震災を機に、元の自宅のある海沿いの集落から10km内陸のこの地に移り住み、この2年でビニールハウスを18棟にし、今年度さらに10棟新設し、来年度さらに10棟増やすとのこと。
ですが今日は少し威勢がない。天候の関係で、作業が半日しかできないから。なのでそれぞれの家に呼ばれ、ご夫婦とゆっくり互いの近況を話しました。プロジェクトの立ち上げに加わった秋山君が、就職を見事に決めて10ヵ月ぶりに名取に帰ってきたので、どの農家に会ってもそれは嬉しそう。どこへ行っても「就職はオイスカか?」「違います」「バハハハハ」。
奥さんの一人は「第一育苗場に行って少しでも働きたい」と漏らしていましたが、皆さん晴れて家を新築したので、税金の事やら心配そうです。仮設住宅住まいの人が半数近いので、勿論、新築祝いなどは行ってないと思います。そっとお邪魔させて頂く感じです。
今回は名取市海岸林再生の会メンバーの4軒の家にお邪魔しました。話しはいつまで経っても尽きず、どの家でも2時間近くいたでしょうか。ただ仕事に忙殺されるのでなく、畑だけで会話するのでなく、クロマツだけでなく、皆さんたちが話したいことを時間を忘れて、ゆっくり話し相手になることは、忘れてはならない役目なのかもれません。今までは無心で向き合ってきましたが、なぜか今回そう思いました。
うち1軒では久々の「とんちゃん」(ホルモン焼き)。
夕方早々、近所に住むメンバーも集まり、6時間近くいたのかな。集落中に聞こえるような声で、「俺は昔、宇宙を飛んだことがあるような気がする」だの、 「ビールケースの中で育ってしまった西瓜が大きくなってケースを破壊した」だの、奥さんや近所の夫婦の前で永遠に話し続ける勢いだったOさんは、日付が変 わる頃、その場でコトッと寝てしまい(風呂の中でもよく寝てしまう)。
人生の先輩たちの屈託のなさ、逞しさを、皆さんを代表してたっぷり感じました。
ANAすか隊 仙台空港空の日に参加するの巻き(2013年度前編)
こんにちは。
ANAの海岸林再生プロジェクトサポート隊(通称:ANAすか)の庄司です。
すっかり涼しくなりましたね~。
秋の気配を感じる今日この頃・・・
・・・今年もこのイベントがやって来ました!仙台空港 空の日 2013!!
ANAすかは昨年の空の日に続いて2回目の参加です!
昨年は
①募金をしてくれた方にノベルティとしてANAカラーの松ぼっくりを配布しよう!
②まつぼっくりの傘を一枚ずつバラしそれぞれに色付けをして貼り絵を作ろう!
この2つでANAすかブースを盛り上げました。
(昨年の様子はこちら)
今年は少しバージョンUP?して
①募金をしてくれた方にノベルティとしてANAカラーの松ぼっくり又は松葉のしおりを配布しよう!
②海岸林の民である「んだまつ」をまつぼっくりで(可愛い人形を)作ってみよう!
この2つのイベント内容で決まりました。
今年は昨年のような皆でひとつのアートを作る企画は無いのですが昨年、飾りとして置いていた「んだまつ一家」が大好評!!
そのため、今年は仙台空港に遊びに来てくれた方と一緒に「んだまつ作成教室」を開催する運びとなりました。
昨年の【まつぼっくりの貼り絵】はいろいろな方に
「あのアイディア良いよね~」と
お褒めの言葉を頂き嬉しく思っていました。
またの機会に貼り絵は挑戦してみたいものです。
さてさて、昨年は初めての空の日イベントの取り組みということもあって、反省点も多く出ました。
中でも昨年の一番の反省点は「準備期間を長く取ることができず急ピッチで準備をしたこと」でした。
今年は早めに早めに準備し、6月にはイベント内容を決めて計画的に・・・計画的に準備を!
と思っていたのですが・・・。
実際に今年のイベントの内容が決まったのが7月。
試作品を作ったのが8月。
実際に準備を始めたのが9月・・・。
なんと去年と変わらないではありませんか!?
今年も急ピッチで準備を進めています。現在進行形です。
私も隊員もそれぞれ個々の仕事が忙しく・・・
そんなこと言ってはいけませんね(泣)
時間が限られている中、必死に作業をしながら仲間達と楽しく作業をし、絆が深まってます♪
今年もまつぼっくりを、飛行機の整備場にて実際の飛行機の塗料を使ってカラーリング。
恒例のANAカラーに加え、今年は新たにピンク・黄色・オレンジ・緑などなどカラフルなぼっくりが出揃いました♪
このカラフルなまつぼっくりたちがイベント当日にどのように変身を遂げるのか。次回の後編にてお伝えしますね★
ぜひ、次回の後編をお楽しみに~♪
そして、ブログをご覧のあなた!ぜひ仙台空港空の日にお越しくださいませ★
◆ANAすかイベントブース◆
日時:10月13日(日) 9:30~16:00
場所:仙台空港ターミナルビル 3階 エアポートミュージアム
ANAすかブース以外にも楽しいイベントが盛りだくさんです!足を運んでみてはいかがでしょうか??
当日、私も皆様にお会いできることを楽しみにしています!!
我々の現場にまたコブハクチョウが帰ってきました。渡っていたのか、どうなのか。
http://sorairo-net.com/bird/kamo/032.html
~身近な野帳図鑑~
皇居にもいますし、珍しい鳥とは言いませんが、彼?彼女?は野生ですからね。しかもこの殺風景な中で会えるのですから、生き物好きの私には嬉しいのです。今までもブログで何度か紹介しました。
http://www.oisca.org/kaiganrin/blog/?p=2116
初めて会ったのは2011年11月。
まだ、クロマツはすべて倒れたままの頃です。
春を迎え4月を過ぎるといなくなるような気がします。
2012年9月15 日に88名が参加した海岸林踏破ツアーの朝、
久々に戻ってきて、盛土工事のダンプがバンバン走っても平気な顔をしていました。
そして、先月のこと。
43名が参加した第一育苗場の除草ボランティア作業が終わるころ、なんと育苗場のすぐ後ろ、広葉樹の苗畑横の水溜りに 居ました。
なんとまあ、ニコン㈱のご担当の女性のお尻を噛んだとか。
うちの息子は4歳の時、宇部市の動物園でペリカンに頭をすっぽり咥えられましたけど。
名取も雨続き。相変わらず湿地になったままの場所は多く、人も少なく過ごしやすいでしょうから、一冬いるのでしょうね。
そういえば、3度目の夏を過ぎてもヘビは一匹も見ませんでした。
地元の方たちも口を揃えてそう言います。土の中に居たはずですが、きっと壊滅的被害を受けたのだと思います。
お彼岸バザーで、3回目の海岸林再生プロジェクト宣伝
川崎市早野聖地公園里山ボランティアの井上文雄です。 平成25年9月23日、川崎市早野聖地公園で恒例のお彼岸バザーが開催されました。
参加は近隣の農家2軒と早野聖地公園里山ボランティア。農家は、柿、白菜、たまねぎなどの野菜と手作り漬けものを、里山ボランティアは、クヌギ・コナラの炭、竹炭、木酢液、炭化させたいが栗、竹炭のストラップ、竹とんぼ、実生の苗(ヤブツバキ、山椒、イヌツゲ、カエデ、カシワなど)とサツキ苗(挿し木)を出しました。実生の苗を出したのは、3月20日春のお彼岸バザーで、山桜の実生苗の無償提供でオイスカへの寄付が5000円できたからです。
炭以外は無償で差し上げ、寄付を「絆」と書いた竹筒に入れていただきました。
掲示した海岸林再生プロジェクトの写真パネル2枚は、津波被災から3年の歩みをクロマツ苗の成長を中心に、A4写真16枚にまとめ、新たに作りました。
午前中の2時間で、出品したものがほとんどなくなり、竹筒の「絆」からオイスカに5000円を寄付することができました。手渡しした寄付金付パンフは56部。写真パネルの説明を聞いてくださった方がほとんどで、「協力する」との言葉も聞け、反応はよかったと思いました。
3回目となった今回の宣伝活動は私と一緒に訴える仲間が増えたことが特徴です。パンフを手渡す人、パネルの説明をする人、バザー出品物を手にした人に「海岸林再生にも寄付しますから」と声かけする人。私がお願いした訳ではないのに、ごく自然に一緒にやってくれたことが、ことさらうれしく思っています。
当座の寄付金は少ないですが、動いてくれる人が増え、「海岸林再生の訴えが恒例になってきた」ことは今後につながると思います。
墓参に来て寄付をしてくださった方々に進捗状況を報告することは、
呼びかけた者の責任です。
これからも折々に、自分の現地取材とオイスカからの最新情報で、
鮮度のよい写真パネルをつくり、伝えていきます。
前回と今回のバザーで、私の実生苗は寄付につながることがわかりました。
当初、苗の現物で海岸林再生プロジェクトに協力しようと考えていた私は、
改めて「実生苗を作ればいいんだ。」と思いました。
名取のためでなく墓参の方々のために。
無理なく楽しく10年続けられる「実生苗による募金・宣伝活動」の型ができたように思いました。
来春用の種の採取を始めています。
「森林飽和」著者の太田猛彦東大名誉教授が学長となった「かわさき市民アカデミー」が、
アカデミー設立20周年記念行事・フェスタ(12月14日15日)を開催します。
昨年に引き続き、最新の写真パネルで海岸林再生プロジェクトの支援を訴えます。
その取材も兼ねて、里山ボランティアの仲間4人で11月8日に名取市の育苗場を訪問します。
単発の見学が現場にご迷惑をおかけすることは重々承知していますが、どうかお許しください。
住友化学労働組合 本部執行委員の佐々木誠です。
今回(9月20・21日)は現場説明会と除草ボランティアの2日間にわたり大変お世話になりました。
前回は春先に播種と床替え作業のお手伝いに来たのですが、その時は山から吹き付ける冷たい風が身に堪えました。今回は晴天に恵まれ、お彼岸に入ったものの30℃を超える残暑厳しい2日間でした。
初日の現場説明会では防潮堤と盛り土工事の現場を見学させていただきました。長い海岸線に沿うように延々と続く真新しい防潮堤、その内陸側には茶色の広大な植林予定地。今回ご一緒に見学したある企業の方が「まさに百聞は一見にしかず。来て良かった。」と感想をおっしゃっていましたが、同感です。ブログの写真とはスケール感が全く違いました。
広い、広い、広い・・・
そのあと実際に植林予定地にも足を運びましたが、地面は育苗場のような砂地ではなく、
鍬が入りにくそうで「苗木の植林は床替え作業のようには進まなさそう。
このプロジェクトにはやっぱりマンパワーと時間が必要だな。」と感じました。
クロマツの苗木を順調に作っていくこと、広大な土地へ植える量を確保すること、
更には、苗木に害虫抵抗性が十分あるのか、海岸に植え替えてからもちゃんと育つのか・・・
乗り越えていかなければならない課題がたくさんあることは名取海岸林再生の会の皆さんや
OISCAの皆さん(特に佐々木統括)から伺っていましたが、
でも、あの風景を目の当たりにしても不思議と「先々結構しんどいぞ」よりも
「この景色もみんなの力で少しずつ松葉青々とした昔の姿に戻っていくんだな」と思ったのが率直なところです。
簡単な話ではない、ということは重々承知しているのですが。
OISCAさんと私たち住友化学労働組合とのお付き合いは「子供の森」計画への参加から始まりました。
現在は会社と協働で「子供の森」計画に加えて、
タイ国・ラノーン県で年2回植林活動と地域交流をさせていただいています。
物の豊かさも然ることながら心の豊かさが求められている時代のなかで、
心の拠りどころとなる活動として私たちは取り組んでいます。
マングローブを植える活動は副次的な効果も大きく、参加したメンバーは一回りも二回りも心豊かになって帰国してきています。
私は、この「海岸林再生プロジェクト」もタイでの植林活動と同様に「心に木を植える」活動になると感じています。
私自身、今回で2度目となる訪問でしたが、名取市海岸林再生の会の皆さんやOISCAの皆さん、建設業、機械部品や精密機器の製造業、販売や航空会社等、普段は接しない異業種の方々と談笑させていただき、改めて感じること・考えさせられることがたくさんありました。このような機会をいただき、本当にありがとうございました。
住友化学労働組合は、住友化学㈱と労使協働で「海岸林再生プロジェクト」に引き続き参加していきます。
大きなことはできませんが、私たちができることを末永くお手伝いしていきます。
そして、このプロジェクトへの参加を通じ「海岸林再生、地域復興・生活復興」はもちろんですが、
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」思いを寄せられる
心豊かな仲間が必ず増えていくと思っています。