11日、ANAすかメンバーの結婚式にご招待いただきました。
(ANAすか隊についてはコチラ→→ソトコト 隊員ブログ)

同じ全日空グループに勤務してはいるものの、違う会社に所属する二人が
知り合ったのは、グループで支援している「海岸林再生プロジェクト」の
ボランティア活動への参加がきっかけだったそう。
一緒に活動する仲間たちがつくったお祝いビデオには、
プロジェクトを支援するためにANAすか隊で企画した各種イベントの
準備から当日に至るまでの二人の姿が映し出されていました。
活動を通じてこんな素敵なカップルが誕生したことがとてもうれしかった!!

2人はなぜか毎年年末のオイスカ本事務所の大掃除のお手伝いに来てくれます。昨年は大掃除後の忘年会にも参加。あるスタッフの誕生日祝い用に準備されたケーキが登場するも、本人は風邪で早退していたため、「新婚カップルだから」とケーキ入刀をさせられていました。
オイスカで準備した二人へのお祝いは、こちら↓

閖上出身のイラストレーターico.さんが描いてくださった今年の植樹祭の案内チラシ用イラスト。
(※植樹祭は宮城県民、名取市民向けの行事ですので、全国での募集は行っていません)
プロジェクトにかかわる方たちをたくさん描いてくれたのですが、その中にふたりを描きこんで
もらいました。ケーキを切っているこの写真を参考に描いてもらいました。
どこにいるか分かりますか??
お仲間の皆さんからは「似てる~~~!」と好評でした。
H君、Tさん、おめでとうございます。
また現場にも来てくださいね~~~!!
昨年度実績(4年累計)の要旨
クロマツ掘り取り、根の剪定、仮植
今日4月9日は12人出勤。
「お給料を持って帰ったら奥さんが喜んだ」と話しながらコーヒーを飲む。
9時15分、苗の出荷責任者、森幸一さんの掛け声。
「よし、稼ぐぞ(宮城弁:働くぞ)」
震災前と比べた収入は50%減という実情だし、時給もイイし、
働くモチベーションは収入面から見ても高いと言っています。
仕事は露地蒔きのクロマツ苗の掘り取り、剪定、仮植。
根切りは3月31日に済ませていました。
第2育苗場の分の掘り取りはすべて終了し、第1育苗場で仮植済み。
去年に比べて「菌根菌」の付着が少ないけど、
みなさんはあまり気にしていないよう。
太さ抜群のイイ苗が出来ました。
明日は金曜日なので休み。
したがって、予想通り「今晩、花見やろう」と。
20人来るって。
花見って、タンポポが一つ咲いているだけですね~
市内や仙台と比べ、現場はほんとに寒いのです。
岩手県から寄附者の方が急きょ来訪し、
現場を案内して帰ってきたら、早速「花見」は始まっていた。
掘り取り・根の剪定・仮植はすべて終わらせてしまった!!
今年はあきらかに、去年以上に先手先手で進んでいる。
終わらせたから花見。やることがカッコいい。
私はまたもやご無礼して、松島で広葉樹植栽について打ち合わせ。
宿はいつもの霊泉亭(一泊朝食付きで4,500円)。
内陸防風林の毎木調査
今日も冷たい東風。今年の春は西風の蔵王おろしより、東風のヤマセが多い。
秋に植栽したクロマツは、寒さに耐えかね、東側の葉が赤くなっています。
佐々木統括と私は、内陸防風林の毎木調査。(つまり一本一本全部)
名取の沿岸にある内陸防風林(樹齢65年)は、被害程度8割ぐらいでしょうか。
したがって、少しは残った木があります。
もちろんそれは温存した上で、何本植える必要があるのか、「根拠」を求めるのが目的です。
森林簿(森のデータ台帳)から、一筆(森林の住所番地)ごとの面積を把握。
項目は、樹種、径級(胸高直径)、樹高、上層(高層)を占める木すなわちクロマツ・アカマツの本数、品質(木の状態など)を野帳に書き込み、そして立木全数を把握します。
私は胸高直径を測って読み上げ、佐々木統括は樹高・品質を見定めながら野帳記入。
上層木の平均樹高と樹齢と、密度管理表(樹種・樹齢に応じ、haあたり何本立木があるのが適正かを把握するグラフ)から、残った木が占める面積をもとめ、植えなければいけない面積を割り出し、植栽本数を決めます。
「だいたい何本」とテキトーじゃありません。
内陸防風林は海岸林ではないですが、防風が目的です。
防風保安林にも指定されています。共有林です。
海岸林と同様に、普通の1.6倍の本数が必要と考えています。
植栽樹種は、クロマツよりも松くい虫に強い、マツノザイセンチュウ抵抗性アカマツ
(岩手県産)。また、地元からの要望で、林縁にツバキ(1.3m間隔)を育てます。
将来は、上層にクロマツ、低層にツバキで一層の防風効果を持たせます。
内陸防風林用に5,000本程度育てる「気仙沼産のツバキ」の種の第一陣も到着。
大阪マラソンチャリティランナー募集開始!!
昨日から始まった大阪マラソンのランナー登録。
早速オイスカの会員さんが名乗りを上げてくださいました!
http://japangiving.jp/c/11849
チャリティランナーは、ジャパンギビングのサイトで寄附を呼びかけて7万円を
集めなければなりません。もちろんこのお金は「海岸林再生プロジェクト」への
寄附となるものです。ぜひ、ランナーのチャレンジに対する応援という形で
プロジェクトへのご支援をいただければと思います。
もちろんランナーとしての参加をしたい!という方も大歓迎。
今年は30名を募集する予定です。
チャリティランナーもランナーを応援する人も大募集中です!
名取市閖上(ゆりあげ)の海から1kmほど内陸には、
大正8年に人の手で作ったと「日和山」いう被災地を訪問する人が
みんな見に来る小さな築山があります。標高は6.3mとのこと。
閖上で漁業を生業にしている人は、日和山から海の様子を見たとか。
震災後ここに行ったとき、日和山の上にあった石碑は、8.4m高の津波により
山の下に落ちていましたが、気に留めることはありませんでした。
2ヵ月前の河北新報の全面特集に、
東北全域には明治以降の津波の石碑が300基以上あるという記事がありました。
私自身は岩手県田老町、塩竈市で見たことがあります。
田老町の石碑には、津波のことを「海嘯」と刻んでありました。
ちなみに、岩手のほうでは津波のことを「よだ」と呼んでいたそうです。音の響きが気味悪い。
その記事には、名取では閖上にあると書いてありました。初めて知った…
そして、もしやと思い、見に行くと、昭和三陸大津波を記した石碑でした。
「震嘯記念」 地震があったら津浪の用心
昭和8年3月3日午前2時30分 突如強震あり 鎮静後約40分にして異常の音響とともに怒涛○○し来たり水高10尺(約3m)
名取川を遡上して西は○○○に到り 南は貞山堀広浦江一帯に氾濫せり
浸水家屋20余戸 名取川町裏沿岸在りし30トン級の発?動機 漁船数隻は○原○の畑地に押上げられ小艇の破○せられたるも ○○からざりしも 幸 人畜には死傷なかりき
県内桃生 牡鹿 本吉の各郡および岩手青森両県地方の被害甚大なりしに比し軽少なりしは 震源地の遠く金華山の東北東約150里沖合に在りて 涛勢の牡鹿半島に遮断せられしその余波の襲来にすぎざりしと 河口の洲丘および築堤の これを阻止したるとに因るなり震災の報を一度天聴に達するや 畏くも天皇皇后両陛下より御救○として御内幣金を御下賜せらる聖恩の宏大なること ○に恐縮感激に禁ぜざるところなり
○うに天災地震は人力の予知に難きなるをもって緊急護岸の万策講ずべきはもちろん 素用心を怠らず ○に○ずる覚悟なかるべからず ここに刻してもって記念とす
昭和8年11月3日
閖上町長 渡邊卓郎 蒙額
従七位勲八等 加藤忠蔵 撰文
赤松喜一郎 書
宮城県本吉郡志津川村 石工 阿部清蔵 刻
※敢えて、常用漢字を使い、カタカナはひらがなに、漢数字は普通の数字にしました。
しかし分からない字が多すぎる…
『そもそも「石碑」というものは明治時代から一般化した。
津浪に関する石碑には、「記念」などと、今では違和感のある表現が使われている。
石碑の言葉の使い方が、まだ発展途上であることがわかる』
という意味のことが河北新報に書いてありました。
また、随所に石碑はあっても、その存在自体も風化し、忘れられていたのも事実のようです。
それはそうと、名取事務所からすぐ、広浦の湿地帯に
今も人知れず建っている「愛林碑」もそうですが、復興事業が進み、
その周囲の環境が整うなかで、これこそ震災遺構とされるでしょう。
日和山の上にあった碑が、波の圧力で飛ばされた事実が分かるように残されると思います。
【余談】
名取市内の石碑についてもう一つ。
うちの事務所から1km南、仙台空港のすぐ北側、第1育苗場班長の大友さんたちの小松菜ビニールハウスのすぐ向かいに「国土緑化」という石碑が、津波で100m流されて倒れていました。佐々木統括と見つけて、上記のように記録しましたが、ある日突然、なくなっていました…誰も行方が分からない。
道路から近いため、きっと、誰かに持ち去られ、売り飛ばされたのでは。
昭和38年全国学校林コンクール最優秀賞の記念碑なのですが。(ちなみに前年は優秀賞)少なくとも100万円はするでしょう。
2050年までのこと
今日は4月2日。明日あたり仙台の開花宣言らしい。
でも、うちの事務所は津波が来た場所。
花見どころか、花の木はすべてなくなっています。
仕方ないので、今年になってなぜか植栽現場の盛土に生えてきた、ふきのとうとか、たらの木でも愛でておきます。
今年は冷たい「やませ」のような風吹く日がとても多いです。
仙台市内と気温が全然違います。
現場は、彼岸明けからのコンテナへの土づめを、トップスピードで今日の昼前に早くも終えてしまい、
わたしびっくり。午後は、4月21日から植え始める2年生苗の掘り取り・仮植が始まりました。
今日は2,500本掘り取り・仮植。10人工。
先月分の給料が、いつものように早速払われて、みんな嬉しそうでした。
「毎月、ピシャッと支払い続けるのが大事」と統括はいつも言っています。
この原資は、もちろん全国からのご寄附です。
今日は佐々木統括との雑談に熱が入って、どさくさに紛れて、前から考えを擦り合わせたかった、植栽完了後30年の本間伐まで、シュミレーションしてしまいました。
私にとっては襟裳岬での視察がまた役に立っています。
今年は組織運営の点で、いつか佐賀、秋田などに再度学びに行きます。
事業が順調に進めば、2033年までの「つる切り・除伐(ニセアカシアなど不要な木を伐る)」だけでなく、植栽後30年、2050年まで続く本間伐の担保もできそうです。
まず今年度は、100年先に被災地で随一の海岸林にすべく、ポスト2020の計画第1次案をと思います。
植栽完了後14年は「つる切り・除伐」
植栽完了後20年~25年は「本数調整伐」(あっても意味がない未成熟・形状不良のクロマツを伐る)
そして、植栽完了後30年、その先の将来のすべてを決めてしまう「本間伐」(15%伐)時期が全被災地で到来し、一斉に間伐経費が必要になるのです。30万円/ha程度でしょう。そこには「東日本大震災復興支援」としての復興交付金も、世間の関心も支援もないと思います。
我々はそこまで見越して、実施する体制を整え、実行に移せる資金などの地力を2020年までにつけたいと思います。
もし30年先(75歳)も元気だったら、また与作に戻って、一日100本ぐらい伐りたいといつも思ってました。
私はチェーンソーですが、よかったら皆さんも一緒にノコギリでやってみませんか?
入りそめて 国ゆたかなる みぎりとや
千代とかぎらじ せんだいのまつ (伊達政宗公)
むかし仙台は、千代と書いていました。私たちもプロとして100年先、1000年先の豊かな国を想像して頑張ります。100年先に「名取の選択はアッパレ」と言われるように。
彼岸明け、3月25日、18人、集合。(みんな、いつもより30分早いんじゃ??)
「佐々木統括の訓示を」。訓示ではないですが、いつもやります。
佐々木統括:
「基本を思い出してくれ。今日は初日だ。慌てないでくれ。競争じゃない。
外は風が強い。ビニールハウスの中で温かい中で作業してほしい。だけどハウスの中は埃っぽい。適宜換気を。これからまずコンテナ3,800ケース。
(一人全開で50ケース/日)ボチボチ、ペースを上げてくれればいいんだ。
来週は根切り、そして掘り取り、仮植、根の精製。4月中旬には多雨かもしれない
そして植付も始めねばならない。
4月末には播種。去年と同じように全てを並行してやらねばならぬ。
第一育苗場班長:
「去年は手が間に合わなかったけれど、今年はできれば、俺たちも森林組合と同じときに
同じペースで植付もやりたい。ついていけるかわからないけど。話してみれば、
森林組合もみんな百姓(県内各地からその気の衆が集まります)」
「とにかく、みんなで集まってやろう。みんなで話しながら、笑いながらが、
気持ちが明るくなる。一番疲れない」「集中的に集まろう。早くやろう。」
佐々木統括
「わかるよ。わかる。だけど、生もの扱いだよ」
「春は戦争。とにかく、まずは体に気をつけでボチボチやってくれ」
これが僕らの「畑入り」の朝です。
防災会議関連行事に忙殺されていましたが、昨日(3/16)ですべて終わり。
新聞報道を除き、400人以上の方に、直接、活動を伝えることができました。
昨夜の宿は、いつもの松島「霊前亭」。
瑞巌寺の修験僧がはるか昔から泊まってきた、知る人ぞ知る由緒ある宿。
仙台市内は会議に合わせて宿泊費高騰。普段の倍以上。
ですがここは1泊2食6,000円。ご飯は本当においしい。風呂の熱さは手加減なし。
「吉田さん、青梗菜ありがとね~、もうめんどくさいから、宿代いらね~わ」とおかみさん。
この前は高級日本酒2本もいただくし。もう4年のお付き合い。
朝、佐々木統括に迎えに来てもらって、一緒に名取事務所に出勤すると、再生の会の車が9台。おもむろに、今年の本気モードが始まった。
なんだか緊張してしまう。
林業の世界では「山入り」と言うそうですが、再生の会で言えば「畑入り」とでも言いましょうか。
とすると、間違いなく宴会の予感。
今日の予報は晴なのに、一転「濃霧」。ひどく底冷えする。
1km先の空港はまったく見えない。旅客機はこれでも通常通りの運行。
皆は口々に「やませ」という。東からの微風。海のほうが温かいのかもしれない。
再生の会は、打ち合わせの後、コンテナ苗の移動と畑に肥料を撹拌。
緑水工業㈱(新潟県長岡市)から寄贈の肥料を早速活用させていただきました。
佐々木統括と私は、市役所に「平成27年度計画と着手届、26年度報告」などを提出。
そのあとは、広葉樹植栽について段取り開始。
お昼はみんなで、ほっともっと美田園店の弁当を注文。
「20分の昼寝は夜の2時間の睡眠に相当する!」とは、佐々木統括のいつものセリフ。
再生の会の皆さんは、昼寝せず、2階にまで聞こえる大声で話し続けてる。いつも。
16時前に目標の仕事を終え、お茶で一服した後はなだれを打って帰宅。
17時は宴会開始の模様。私は欠場。10日ぶりに帰京。
コチラでは明日からお彼岸。
彼岸明け25日から、トップスピードでコンテナへの土詰め。
月末には根切り。
集中し粛々とこなせ!
沿岸部では花を愛でる場所はなく、開花が早かった東京の桜を運よく満喫できました。
職場の花見は今年も欠席ですが十分です。
私にとって3月31日は、客観的数字をもとに、自分に成績表を渡す日で、4月1日という日は、世間の企業戦士と同様、すべての数字をご破算にして、またゼロに戻る日です。
在勤20年、企業で言えば営業収益ですが、前年比を下回ったことないのです。
ですが昨年度はさすがに… 初めて下回りました。
それでも胸張れるのは、寄付者のリピート率を維持し、件数は依然続伸していること。
千代の富士だって54連勝はならなかったのだから、こういうこともある。
若いころから資金獲得の業務は、業界内でもだれにも負けないつもりで、アメリカの団体に対抗するつもりで執念を燃やしてきましたが、4月1日になると「またゼロからやり直しか~」とため息が出たことを思い出します。
今はため息は出ません。当然ですが。
今年の主な実務は、
・今年はまた10万粒の以上の種蒔いて、10ha植えて、26haの管理をやる。
・着々と進めてきた宮城県内、特に「名取市内」への浸透を、さらに駒を進める。
・今年度同様、1,500人のボランティア来訪、500人の視察、5,000人へのプレゼンを
いつも「一期一会」のつもりでやる。
・「Post 2020年」計画の立案をさらに具体化する。
・2014年度は「2億円集めます」と本部職員に豪語したけど達しませんでした。
2015年度予算はもう少し現実的な予算(新規積立含む1.3億)を遂行する。
新年度を迎えるにあたり、棚卸しも7割方終えて、非常にスッキリしました。
すでに現場は本格稼働している今、毎日毎日、一人勝手に武者震いしています。
集中し、粛々とこなす。ただそういう心境です。
エイプリルフールではありますが。
















