植栽で使うもの

2016年4月19日( カテゴリー: 現場レポート )

復帰してゴメンナサイ。約1ヵ月後にオイスカ・タイランドに渡る予定のTです。
みなさん陰気に…、いやいや元気にされていますか?
今度の渡航では、最北部のチェンライで山岳民族を対象にした地域開発プロジェクトに取り組みます。
その研修の一環として、きわめてマジメに(!)乾燥地植林の技術を学ぶため、
海岸林の現場にお邪魔することにしました。
現場では、いよいよ今日から植栽が始まりました。やはり、作業員の方々の目つきがひと味違います。
これはマズイとニヒル度70%の流し目で臨みましたが、この2週間、神経が弛緩しきった生活をしていたので、
どうしても頬がたるんでしまいます。

職人さんたちもしっかりと講習を受けてから植栽を始めます

職人さんたちもしっかりと講習を受けてから植栽を始めます


約10年前は、南部のラノーンに駐在していました。
そこでは「泥に苗木を刺す」という、片手でLINEしながらでもできそうな植林に慣れてしまっていたので(スマホ持ってないけど)、ちゃんとした土の上で植林するということがとても興味深かったですね。
「植える」という作業ひとつとっても、実に奥が深い。
適切な穴の深さはどれくらいか、穴の底の部分にプラスチックなどのゴミはないか、クロマツの根をどのような方向に穴へ入れるか、土やチップはどのようにどの程度かぶせるのか…、
ちょっとこのへんの記述を詳しく書いてブログの文字数を稼いじゃったけど、まあとにかく、そういう細かなことにまで気を遣って体も使って作業しないとダメなんだかんな、
この先の活着率に大きく関わってくんだかんなコノヤロ、とこういうことなんですね。
頭の中で「レ点」をつけて…

頭の中で「レ点」をつけて…


というわけで研修生の身の私は、木にも諸先輩方にも気を遣う「お気遣いの植方」として作業をさせていただきました。それなのに頭では理解したつもりでも、実践はなかなか難しい。頭の中で先ほどのチェック項目に「レ」点を入れながら、初心者は初心者なりに丁寧に、それが唯一の生命線なのです。
まあ、及第点くらいの作業はできたかな。
きっと。
いや、そうであってほしい…。
植栽は気も体も頭も使いますよ!

間隔は感覚ではイケナイのです

2016年4月19日( カテゴリー: 現場レポート )

またブログに寄稿しちゃってゴメンナサイ。海岸林の現場で研修中のTです。
みなさん陰気に…、いやいや元気にされていますか?

下においてある棒が「バカ棒」

下においてある棒が「バカ棒」


今回もまた植栽のこと書いちゃうんですけどね
(それ以外のことが書けるわけないのに)
苗木を植える「間隔」って気にしたことがありますか?
またまたタイ・ラノーンのマングローブ植林との
比較になっちゃうんですけど、当時はオオバヒルギならタテ・ヨコともに70cm間隔で植えていたんですね。
粗っぽい言い方をすれば、これはマングローブならではの間隔といいましょうか、なかなか密度の高い数字だと思います(たぶん)。
今回の植栽は140cm間隔ということで、作業員の方々はバカ棒(バカでも間隔が分かるという意味だそうです。じゃあ、関西ではアホ棒、名古屋ではタワケ棒になるというのが私の確固たる持論です)を使ってこの間隔を保ちながら作業するわけです。
ちなみにラノーンでは最初の列だけロープを使って、あとは職人技で目印となる竹を刺していくだけ。
これが簡単なようですっごく難しい。
午前中は、その間隔のことで何度か作業が一時中断することがありました。
なぜかバカ棒を使っていても、不思議なことに微妙にずれてくるんですね。
4~5本植えてあと、ふと視線を上げると、間隔が広すぎたり狭すぎたり、
正面から見ると「く」の字になっていたり(泣)。
間隔のことで話し中

間隔のことで話し中

「ちょっとくらいなら、いいんじゃね?」と思っている方、反省してください!
仮に10cm狭い間隔で植えてしまったとしましょう。
植林地の区画が200mだとすると、1列につき140本を植えられることになります。
これがたった10cm狭くなるだけで、えーと、まあ…、とにかく予定より多い本数を植えてしまうことになるんですよ、たぶんっ!
せっかく頑張って植えたのに、苗木が足りなくなったら悲しいではないですかっ!
足りないからと言って、「自腹で買ってこよ」という心意気を見せられますかっ!
って、何に興奮してるのかよく分からなくなってきましたが、とにかく間隔は大切なんです。
ちなみに植樹祭の時は、赤い割りばしで「ココニウエヨ」との目印があるので、初心者でも安心ですよ。

見えづらいですが、赤いのが割りばしです

見えづらいですが、割りばしがあります

H28年度植栽が始まりました!

2016年4月18日( カテゴリー: 現場レポート )

こんにちは。浅野です。

2016度の植栽が始まりました!
昨年同様、約10ha・50,000本の植栽予定です。
場所は2014年の植栽地の北側からスタートで、閖上地区の約3haも植え付けます。
今年の植栽場所はチップがまったくない場所があるため、
乾燥対策が大変になりそうです。

どこかからチップを運んでこなくては…

どこかからチップを運んでこなくては…

今日は朝8:30~宮城中央森林組合に造林講習会を実施。
まずは座学で植え付けの注意点や安全面確認などを徹底します。
そのあと植栽現場へ移動して現地実習…もそこそこに植栽が始まりました。
みなさん1年ぶりの植栽(中には初めての人も)ですが、
30分程度で感覚を取り戻し、どんどん植えていきます。
午前中の1.5時間で100本植える職人も。
実働約4時間で2,200本の植栽が完了しました。

感覚を取り戻してからのスピードがすごい

感覚を取り戻してからのスピードがすごい

今年はクロマツの普通苗(裸苗)が3,000本しかないので
明日からはコンテナ苗の植栽も始まります。
コンテナ苗は普通苗と比べると大きな穴を掘らなくていいので
植え付け自体は少し楽になるみたいですが、
その分本数も植えられるということで、あまり体への負担は変わらないのかもしれません。
1日の作業を終えた職人さんたちからは「腰が痛い…」「鍼行かなきゃ…」といった声が・・・・・・。
普段の山での作業とは違う平地での植栽にお疲れの様子でした。
また明日からもよろしくお願いします!

初日の作業が終わりました

初日の作業が終わりました

広報室の林です。
今年も「ボランティアの日」の活動がスタートしました。
毎月現場に通うことになります。
今回は16日のボランティアの日の前日、東北学院大学の菊池先生による
海岸林の歴史に関する聞き取り調査に同席させていただくことができました。
DSC_0004今回は第二育苗場の皆さんに集まっていただき、吉田が以前報告していた国土地理院のHPで見られる古い航空写真を見ながら先生が地図から読み取れることを説明したり、推測できることが皆さんの記憶に残っているかを確認したりというものでした。
皆さんが生まれ育った北釜上空を米軍が昭和20~30年代に撮影した写真などを見ていると
「この道通って小学校通ってたんだ」
「こいつぁ、●●さんの家だぁ」
などなど具体的な話がたくさん飛び出してきました。
一番面白かったのは先生が堆砂垣の話をしたときのこと。
上空から海岸に白い筋状のものが確認でき、堆砂垣を作っていたのではないかと。
(堆砂垣についてはこちらで説明しています)
すると
「うちのばあちゃんが夜なべして編んでた」と水辺に生い茂っていた葦などを
刈ってきて、それを堆砂垣に使うヨシズを編むために各家庭で内職のような
形で毎晩作業をしていたのだとの証言が飛び出したのです。
女性からも「嫁いで来た時ずいぶんさせられた」と。
今までそんな話、聞いたこともなかったのに・・・・・・。
写真の力ってすごい!
翌日の準備のため途中で退席。ずっと聞いていたかったなぁ~残念!!

今年も4月から11月にかけてボランティアの日を設けて活動します。

第一回の活動日は定員50名のところ90名を超えるお申し込み。
実際には95名が参加。スタッフも入れると100名での活動となりました!!
DSC_0013
嬉しかったこと。
昨年3歳で参加してくれたおちびちゃんが今年もご両親に連れられてきてくれたこと!
(記念撮影では横断幕の前に陣取りました!! ニコンの社名が入ったビブスは
まだブカブカでしたが、それが何ともかわいかった!! 遠くからのご参加ありがとうございました)

それから名取市民の個人参加者も増えてきたこと。自転車できてくださった方も!

活動レポート、少しずつアップしていきます。

今回も企業・団体ごとに赤・青・黄色などのビブス着用。色とりどりのボランティアの一団です

今回も企業・団体ごとに赤・青・黄色などのビブス着用。
色とりどりのボランティアの一団です

最も忙しい時期に突入

2016年4月15日( カテゴリー: 現場レポート )

今日は突風。風速28mの蔵王おろし。明日は穏やかなようですが。
昨日の雨で、水溜りもあちこちに。
今年初のボランティアの日が近づいてきました。
あっという間に参加者が90名を越えました。6月も締切寸前。
例年通り、続々と申し込みがあり嬉しく思っています。
私自身、明日の午後まで東京を離れられず、2週間現場は見ていないのですが、
4月上旬に2日間で、昨年4月のひと月分、約100mm雨が降りました。
土がよい状態で植栽できることを念じています。
3月末の現場ではヒバリがたくさん飛んでいました。
そろそろ植栽地のマツの近くに卵を産むことでしょう。
ボランティアの皆さんに「踏まないでね」と言わなくては。

本当にヒバリの卵なのかわからないんですが・・・違ったら教えてください

本当にヒバリの卵なのかわからないんですが・・・違ったら教えてください

お互いに声を掛け合いながら仕事することが大事だと、今年も伝えてゆこう

お互いに声を掛け合いながら仕事することが大事だと、今年も伝えてゆこう


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ボランティアの日の仕事のメインは、植樹祭の準備。
植栽箇所10,000本分のマーキングを午後行うつもりです。
昨年の様子はコチラ。
http://www.oisca.org/kaiganrin/blog/?p=10465

たぶん土曜日だけでは終わらないでしょう。
その他にも仕事はあるのですが、最終的には統括と前日決めて段取ります。
再生の会は、3月上旬から続いた播種の準備「コンテナの土詰め約100,000粒分」を終え、
育苗場の除草や、5万本の植栽準備に突入しています。
週末から怒涛のような日々が始まります。
東京のオフィスで、一人気持ちが高まっています。
皆さんと会ったら、大きな声で挨拶して、緊張をすべて吹っ飛ばそう。

玉虫左太夫のこと

2016年4月14日( カテゴリー: 省太のつぶやき )

玉虫左太夫

玉虫左太夫


仙台藩といえば伊達政宗をはじめ藩主の何人か、そして伊達騒動
の原田甲斐、江戸期早々にヨーロッパに渡った支倉常長。
そのくらいしか人物が思い浮かばなかったのですが、
最近、玉虫左太夫という名を目にしました。
幕末の仙台藩士です。
彼が歴史に名をとどめている大きな理由は、万延元年(1860)に
条約の批准書交換のため幕府がアメリカに派遣した使節団に加わり、9か月の旅を「航米日録」という詳細な記録に残したからです。
彼はすでに蝦夷地〈北海道)を訪ねた折の綿密なルポを書いていて、そのことで武士としては高い身分でなかったにもかかわらず、
いわば「記録係」として使節団に加わることができたようです。
当時30代後半だった彼に、
「絶好の機会だからアメリカをとことん見てやろう」
という強い気持ちがあったのも間違いないでしょう。
さて、記録の中身です。なにぶんこちらも勉強中で偉そうなことはいえませんが、一言でいえば、
アメリカの中の先進性に目をつけ、その目で日本や日本人を批判的にみつめている、
とでもまとめられるでしょうか。
しかし、左太夫を知って何より感じるのは記録に残すことの大切さです。
およそ150年前のアメリカの様子はもちろん、そこに乗り込んでいった使節団の面々の意識、
それは野望や大志であったり、驚きであったり、あるいは強者に対する卑屈であったりするのですが、
それが手に取るように伝わってくる。記録の価値は、時間がたっても色あせることはありません。
宮城県名取市の海岸林再生プロジェクトに関連して、江戸時代に始まる海岸林の歴史だけでなく、
古くからの地元の生活や風俗、習慣の移り変わりも、聞き取りを重ねて記録に残そうという作業を
先月から菊池慶子・東北学院大学教授が中心になって始めました。もちろん、海岸のクロマツ林再生の
営み自体も後世にきちんと伝えなければなりません。
仙台藩士・玉虫左太夫にはまた触れる機会があるでしょうが、
この地の先達を知ったことで、記録への意欲をかきたてられた次第です。

4月8日から大阪マラソンのエントリーが始まりました!
今年は当プロジェクトの責任者、吉田が走ります!
もちろん、すでにエントリー済み。
他にも4名の方がエントリーしてくださっています。
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一般ランナーは倍率5倍の狭き門を通らなくては走ることができないのですが
チャリティランナーになると7万円をどうにかして集めれば走ることができるのです!
7万円なんて大金…と思う方もいるかもしれませんが、自分が全額払わなければいけないわけではないのです。
家族・友達・職場から募金をしてもらって参加権を得ることができる。
募金してくれたみんながランナーの応援団になるということです!
エントリー期間は4月8日~7月29日(金)まで。
募金を集める期間はエントリーをした瞬間から9月30日(金)まで。
早めにエントリーをすればその分、募金を呼びかけられる期間も長くなります。
走るのが好きな方!
吉田も生まれて初めてのフルマラソンです。
一緒に走って海岸林再生プロジェクトへの支援をしてください!!
エントリーはこちら → http://osaka-marathon.com/2016/runner/entry/apply_c/

身近なところにあった!

2016年4月11日( カテゴリー: お助け隊員の声 )

浅野です。
愛知県にあるCKD株式会社を訪問してきました。
CKDの担当の方から大阪マラソンにチャリティランナーを出していただけるという連絡があり、
ぜひお話をしたいと思っていたところ、たまたま愛知に行く用事ができたのでこれはチャンス!と
訪問させていただくことになりました。
CKD株式会社は1943年に設立され(当時の日本航空電機株式会社)戦時中は零戦の電装部品などを作っていて、
今は自動機械装置や空気圧を利用した製品開発を行っているそうです。
ショールームにも連れて行っていただいて、技術の説明をしていただきました。
説明を伺って理解したのは工場にある自動で動く機械の中にはCKD製の部品が何百・何千・何万という単位で入っているということ。
工場見学に行ったことのある人ならピンとくるかもしれませんが、行ったことのない人には全く未知の世界かもしれません。

ショールームの中は撮影禁止ということで遠目から

ショールームの中は撮影禁止ということで遠目から


説明を理解しようと頭をフル回転していたら、ショールームの最後に見覚えのあるものが!
薬やこんにゃくゼリーなどはCKD製の自動包装システムを使って包装されていたのです!
誰でも見たことのあるこれです!

誰でも見たことのあるこれです!


このハート形にもちゃんと意味があるんです。

このハート形にもちゃんと意味があるんです。

薬の包装シートの約80%がCKD製だそうです。
ただ、どこにも書いていないので気付く人はいないそうですが…。
こんな身近なところにCKD製品があるなんてびっくりしました。
結局、1時間以上滞在してしまい…
貴重なお時間をいただいてありがとうございました!
大阪マラソンでのご参加お待ちしてます!!

徳島県最南東地域、海陽町の「大里松原」
「白砂青松100選」に名を連ねます。ですが、事前予習で調べてみると殊の外、
情報が少ない。専門家もあまり訪ねていないのだろう。

大里松原のような自然のインフラがない集落は、何が何でも避難タワーを作るしかない。

大里松原のような自然のインフラがない集落は
何が何でも避難タワーを作るしかない。


南端から見た全景。褒め過ぎかもしれないが、「隙のない」見事さ。

南端から見た全景
褒め過ぎかもしれないが、「隙のない」見事さ

少ない情報ながら興味深かったのは、
・中学生がプロの指導のもと、卒業記念に1mの大苗を植えている
・不届き者が、門松やお供え物用に伐って、30円~70円ぐらいで売ってしまい、
地元の方が徳島新聞の記事にまでして、非常に怒っている
・江戸時代中期、後背地の荒れ野原「四方原」を開拓するのに伴って松原を造成
南端の後背地から見て、目を見張った。
延々たる砂山の上の松群。徳島県が最新情報として出した浸水予想で、
ここの後背地に津波が侵入しないのがよく分かった。

北端付近展望台から見た全景。展望台の中2階まで砂が上がってくる。

北端付近展望台から見た全景
展望台の中2階まで砂が上がってくる


しかも、松枯れが視界の中に見当たらない。
地元の方の巡視、発見、即通報、行政の速やかな伐倒駆除が徹底されている。
佐賀の虹ノ松原の関係者の誇らしげな一言を思い出した。
「松くい虫被害はhaあたり年間1本以下」。ここもそうだろう。
松くい虫対策は、市民協力による「即通報」、行政の「即伐倒駆除」に支えられていると感じた。

松くい虫対策は、市民協力による「即通報」
行政の「即伐倒駆除」に支えられていると感じた


同行の四国支部池田次長も目が肥えている。一人の目よりも二人の目。
「マツ林と墓地というのは面白いね」と。うん、確かに見たことない。
墓地は内陸側にあり、もちろん綺麗にされているが、松林に入ると、下草で青々しているが、
墓地と同様の見事に人の手が入っている。地元の人の想いや協力体制を見て取った。
徳島ではかつて内陸側にはクスノキを積極的に植えたようだ。
この理由はわからなかったが、クスノキとは思えない細さだが、高さだけは十分。
クスノキの特徴として、下草も生えにくい。
「地元の方は、明るくて見通しの良い海岸林であってほしいと考えてるのではないか」
と池田次長。内陸側にこれも非常に整えられたお社が接していて、掲示されている
写真などからして、村のお祭りは松林とともにあることが分かった。
松林の前の手洗い場やベンチは砂で埋まる。

松林の前の手洗い場やベンチは砂で埋まる


極めつけは、充実した林内ゲートボールコース。
参加費300円の大会通知が貼り出され、次々と予告されている。
潮害防備保安林でも、ここまで利活用できるのか。
「スナック円」「いらっしゃいませ」。ゲートボールインフラも完璧。

「スナック円」「いらっしゃいませ」
ゲートボールインフラも完璧


今も昔も人とともに生き、愛されている松原を見ることができた。
名取の松原は、集落と接することはない。
そうだったとしても、名取の条件なりに、愛され続けるような展開にしてゆきたい。

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