Post2020雑感⑦ 残念に思えた各地の事例・・・

●学びの場への工夫不足・・・
海岸林の存在意義、造林史の紹介の不足は、どこの海岸林も共通。「学びの場」への
工夫が著しく欠如しているのは非常に残念です。歴史的文化的価値の高い石碑等の扱いは、
目を覆いたくなるし、悲しくなることは多い。千葉県館山市平砂浦では、心ある人が
個人のブログで苦闘の歴史を刻んだ石碑を紹介していたので、知ることが出来た。
また、何処に行っても林業部署、観光部署、教育委員会の足並み不統一を常に感じる。
あまりにバラバラ。哀しい世界。少しの想像力、少しの思い遣り、少しの助け合いでいいのに。
市民やNPOも、役所任せにせず出来ることがあるだろう。海岸林は一部の人しか
関係しない、あってもなくても関係ないマイナーな存在なのだろうか。労せずして
多くの人が海に来るのに、誰もが無意識に通り過ぎるだけ。極めて勿体ない。
山形県庄内海岸では「先人の苦労を知り、守ろう海岸林」と豪快に書かれた
看板を見て、ここの歴史に相応しい看板と感じた。海岸林ではないが、
岩手宮城内陸地震の地滑り現場には、栗駒山登山や湯治客の多くが立ち寄る場所に
技術者も唸るような説明が多数設置されており、読み耽る人の多さにも驚いた。
海岸林の現場もアカウンタビリティー(説明責任)を果たそうという感性が必要だ。

この書きっぷりは林業マンらしい(山形県酒田市)

この書きっぷりは林業マンらしい
(山形県酒田市)


元はクロマツ林の中にあったが、震災で地盤沈下し、今は湿地帯の中に ある「愛林碑」。戦後の造林史が刻まれている。必ず救出して相応しい場所に設置したい (名取市広浦南端)

元はクロマツ林の中にあったが、震災で地盤沈下し、今は湿地帯の中にある「愛林碑」。戦後の造林史が刻まれている。必ず救出して相応しい場所に設置したい
(名取市広浦南端)


 
 
 
 
 
 
 
 
 
●海にレジャー来た人は全員素通り・・・
香川「津田の松原」では、海開きに来た人やトライアスロン大会に来た人などまで
短時間でも「落ち葉掻き」をするそうだ。唐津「虹の松原」でも来訪者を活用している。
学びの場への工夫と同じだが、一人でも多くに森林に親しんでもらうだけでなく、
保全にも手を借りようという手を打つ、貪欲な現場は少ない。
隣接した観光地だけが突出し、森は無視され、荒れ放題という現場も多く見た。
林業部門も「ちょっと待ってよ!」と庁内で押し返す自信がないのかもしれない。
「私を5分間使ってください」。ユーモアで、観光客を「落ち葉掻き」に動員。(津田の松原)

「私を5分間使ってください」。
ユーモアで、観光客を「落ち葉掻き」に動員(津田の松原)


団体の乱立と主義主張の対立・・・
しかるべき筋から、大きな松原の保全に関して「内部対立」のうわさを聞いた。
クロマツvs広葉樹論争が影響している地区もある。「リーダー」(総責任者)に
熱意も意識もなく、旗色が不鮮明で、おのずと配下は輪をかけて、熱意の欠片もない
現場も見た。資質を無視して充て職でリーダーを決めるとブレやすい。
自分の選挙に利用していると陰口をたたかれている地区もあった。「本当の専門家」を
見極め、重要なポジションで迎え、その発言を重視する必要がある。虹ノ松原の様に
「すべて協議会のテーブルで決める」と明言して、安定運営している例も。
●基本計画を公開しては・・・
基本的に全国森林計画、市町村森林計画は5年、10年単位で作られる。従って多くの
現場には「基本計画」はある。しかし、これからの時代は、専門性が高い現場や、
注力せねばならない現場、市民参加を特に必要とする現場は、ちょっとひと手間かけて、
現場第1線の専門家や、地元のキーとなる組織の代表を取り込んで策定しては。
オリジナルや読みやすい概要版を公開しても良いのではないか。ある場所では、民間が
進んで十分な「基本計画」を立てたものの、立案メンバーが「民間だけ」だったため、
拘束力が全くなく、お蔵入りしている残念な事例も見た。
●目標林型が定まっていない・・・
海岸林の整備方針立案の際、本当に精通してるわけではない先生が委員となり、
専門分野のバランスを欠く委員構成、一見して疑問な計画も幾度か見た。観光・
産業分野が妙に強かったり。従って、目標林型が明らかにおかしく、理解に苦しむ
施業をしていたり。自然砂丘が地盤なのに、海を目の前にタブノキを植えるのは
最たる例。やはり、基本計画、目標林型など大目標がしっかりしていない仕事は
後々仕事する人が苦労する。
●辞めるに辞められないんだ・・・
88歳のおじいちゃんのひとこと。30年も落葉掻きを続けてきた団体。その実績から
顕彰歴はものすごい数。自薦で獲得してきたとは思えない。現在メンバーは16人。
「毎年誰かが辞めるんだ・・・」。一方、無給で頑張っている人を尻目に、「ガイド・巡視」
と称して行政から「お小遣い」をもらって、毎日椅子に座っている団体が並立していた。
小さな街の両団体を、みんな見て見ぬふり。
●NPOの力量不足と社会的地位の低さ・・・
何でも行政が担うという時代はもう終わり。しかし、NPOも以前に比べ力量を付けて
いるが、その経営力、資金、雇用能力、自己資金が不足し、役所の委託事業が収入の
大半を占めるのが全国共通のNPOの姿。涙ながらの努力で無理矢理担うのが実態。
雇用の受け皿として成長途上で、若い人にとって職業として食っていけない。
立ち上げることは易く、続けていくことは難し。NPOを下請け扱いする世間の目、
社会的地位の低さもいまだに多々感じる。「彼らはボランティアで、好きでやってるんだから、
無給でさせればイイ」という見方。しかし、総務や事務力も強いNPOは現場でも強い。
   何でも無給が当たり前ではなく、コアを担う人が安心して働ける人は安定雇用せねばならない。
●お互いを育て合おう!
「NPOに委託したら口を出さない。余計なことを言わず任せたくなる」というのが行政側
の心情だと感じる。行政側の人員不足から丸投げになるのだろう。「専門知識不足から
遠慮して逃げている」と口にしたNPOもあった。まともに協働してれば微調整や、細かな
協議、最前線からの情報提供、節目節目の確認など、無意識のうちに、ごく自然に
コミュニケーションは密になる。熱意に感化され、どんどん相手も変わってゆく。
NPOと行政が、互いの役割を補完し合い、教え合う、育て合うぐらいのおおらかさがないと、
協働出来ないのではないか。お互い万能じゃないのだから。

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