皆さん、こんにちは!檜垣です。
少し遅くなりましたが、6月26日、27日に名取に行ってきました!
2回目となる海岸林での活動を報告します。(1回目のブログはこちら)

今回は2日間の滞在でした。
1日目はico.さんとの共同プロジェクトである「海岸林の大切さと震災教訓を伝える絵本を作りたい」に関しての打ち合わせと、2日目は公募ボランティアの受入れをしました。


12時に名取駅に集合し、お昼は吉田さん一押しのバッティングセンターに付属しているご飯屋さんへ
吉田さん曰く「注文してから提供まで早いんだよ」とのこと。本当かしら、と思いながら店員さんを呼んだら、
同じ席に4人(ico.さんと吉田さんと浅野さんと私)座っているのにも関わらず、吉田さんへ「お客様、皆さんご一緒ですか?」といわれる始末。確かに変な配置に座ってはいたものの、そんなに私たちの雰囲気が違っていたとは、そこでまずひと笑い。

吉田さんが言っていた通り、とんでもない速さで提供される料理たち。そしてそれを超える速さでカレーを食べ終えてしまう吉田さん。私はまだきつねうどん3口しか食べていないのに。カレーって本当に飲み物なのだなと改めて実感しました。

昼食を済ませ、事務所で次の日のボランティアの受け入れの準備とico.さんのラジオ取材の対応をしました。

作業をしている最中、私はお昼を食べた1時間後に腹が減ったと叫び、吉田さんは3時間後に腹が減ったと叫んでいました。燃費の悪い私たちをあきれた目で見つめる浅野さん。
吉田さんの燃費の悪さは明確です。噛んで食べていないからです。解決しました。しかし、私の燃費の悪さの原因は不明です。ちゃんと噛んで食べているし、ゆっくり食べています。むしろ遅いくらいです。謎が深まりました。

北釜防災公園でico.さんが取材中、私たちはなわとびを見つけてしまいました。誰かが忘れていってしまったのでしょう。なわとびを見つけたら跳ばないわけにはいきません。久しぶりに二重跳びに挑戦。想像を絶するほどに続かず。小学生の頃は永遠に跳べていたのにね。と浅野さんと一緒に、具体的に何かはわかりませんが、何かを感慨深く感じとっていました。
私と浅野さんの様子を見ていた、吉田さんも気になったのでしょう。なわとびに挑戦しましたが、長靴なうえに背が高いのでうまく跳べず、1回しか跳んでくれませんでした。
なわとび皆さんもぜひ跳んでみてください。久しぶりに跳ぶと以外にも楽しいものです。(なわとびはちゃんと元の場所に戻しました。)

すべての作業が終わった後、私たちは海岸林を一周しながら帰路につきます。外観からでもわかるクズの広がり具合や松枯れを見て、次の日はどこで作業をしてもらうのかその際に話し合って決めています。(二回目なので話している内容に少しついていけるようになりました)
ある程度、松の様子が見終わり明日の作業をする場所も決まったので帰路に着いていました。でも帰ろうと思ってもなかなか帰れないのが面白い。16時ごろに帰ろうとしていたのにも関わらず、18時をゆうに超えて帰路に着いたわけを話させていただきましょう。

ここで優れた目の良さを持つ浅野さんの本領が発揮されるんです。
「あっあそこに枯れている松が!」と浅野さん、
「おっどこだ?」と車をバックさせる吉田さん。
これがなんと2、3回も繰り返されました。3回目にはつい「浅野さーん(泣)」と叫んでいしまっていました。
でも本当に枯れているんです!!浅野さんの目は本当に素晴らしい動体視力を持っています。
しかし、これではいつまでも海岸林を出れなくなってしまうことを、浅野さん自身が察したのか最終的には外は見ず、携帯を見ながら帰路に着きました。

最後に吉田さんのなわとびを添えさせていただきます。


今回の海岸林の“ひと”は大槻壽夫さん。

大槻さんは、活動に長く携わっているベテランボランティアの1人。
活動中は、誰よりも真剣に海岸林と向き合い、黙々と作業をこなす大黒柱です。
その一方で、普段は素敵な笑顔で現場を明るくしてくれる、なくてはならない存在です。

〇プロフィール

昭和17年生まれ。福島県福島市出身。

昭和38年にお菓子業界に入り、仙台、盛岡、青森、東京など各地での暮らしを経て、42歳のときに宮城県に移り住み現在に至る。移住と同時期に畑仕事もスタート。その後、別の機械系の会社で75歳まで働き、現在は畑仕事を続けながら生活している。

〇オイスカとの出会い

オイスカと初めて出会ったのは、東日本大震災の頃。当時70歳だった大槻さんは、名取市民会館で開催された太田先生の講演を聞いて、“自分もできることをやろう”と思い立った。オイスカが開催しているバスツアーに参加し、そこで初めて吉田さんと出会う。バスツアー終了後、吉田さんに直接「手伝わせてください」と伝えに行き、海岸林の植林が始まってからは毎活動参加するようになった。ボランティア同士のつながりを深めていくためにも活動後に飲み会も企画するようになり、現在に至るまでの約15年間、海岸林再生プロジェクトを支え続けている。

〇なぜ今に至るまで長く続けているのか

「とにかく体を動かすのが好きだから。現場での作業が楽しい、それに尽きるね。」と大槻さん。同じ理由で、仕事を引退した後も畑仕事を続けている。

〇これから先の展望

海岸林再生のボランティアに関しては、年齢のこともあり、これまでと同じように活動することは難しくなり、参加の回数も減っていくかもしれない。80歳で引退しようと考えていたが、もう少し頑張れそうなら、作業はしなかったとしても顔を出せたら嬉しい。

海岸林再生プロジェクト以外では、オイスカの海外での活動(フィリピン、タイ、インドネシアなどのアジア地域)についてもっと知りたい。実際にその国に行ってみて、現地の人と会話をして、一緒に活動をしてみたい。そんな時に大事なのが、“笑顔で挨拶をすること”。たとえ言語が通じなくても、まずは相手に良い印象を持ってもらうのが大切だと大槻さんは考えている。

〇こぼれ話など

(聞き手:海岸林ボランティアで印象に残っていることなどはありますか?)

マツの木が大きくなっていく過程を間近で見られること。自分の手で植えたものが育っていくことに大きな感動を覚える。

(聞き手:名取市民の海岸林への関心についてどう思いますか?)

名取市は山側の地域と海側の地域で、海岸林に対する関心の差が大きいと感じる。山側の地域に暮らしている人たちが海岸林についてよく知らないのは仕方のないことかもしれない。ただ、海沿いに暮らしている人たちは海岸林が無いことで農業などに影響があり苦しんでいるのが事実。だからこそ、その現状をもっと多くの人が理解してくれたら嬉しい。

〇編集後記(柴崎)

大槻さんは私が初めて葛刈りに参加したときから笑顔で声をかけ、すでに何度も参加されているボランティアの方々と同じように温かく接してくださいました。ベテランボランティアの方々に声をかけるための、あと1歩がなかなか踏み出せなかった私にとって、大槻さんの存在はとても大きかったです。いくつになっても常に自分の知らない新しい世界に足を踏み出そうとする姿はとても格好良く、私もそんな大人になりたいと強く思いました。今回は大槻さんのご自宅にお招きいただき、暖かいお部屋で紅茶を片手にインタビューさせていただきました。本当にありがとうございました!

今回の海岸林の“ひと”は、伊藤猛さん。

海岸林ボランティアリピーター精鋭部隊の1人。海岸林ボランティアに人生を大きく動かされ、そして大きな影響を与え続けている方です。

<プロフィール>

1963年生まれ山口県出身。名取市在住
国家公務員として山口のほか、岡山、松江などでも勤務。現在は仙台で単身赴任中。

<海岸林プロジェクトに関わったきっかけと概要>

東日本大震災の後、災害ボランティアに参加したいという強い思いを持つようになった。直接的な支援をしたいという気持ちの上、2011年8月から年に数回宮城に来るようになった。初めはボランティアバスツアーを通して参加していたが、数年のうちにツアーが終わってしまった。少しでも被災地のためになるなら活動を継続したいとの思いから、個人での活動に変更。その後、ボランティア仲間からの紹介で、海岸林プロジェクトを知った。

一昨年、定年退職を終え、元気なうちにやりたいことをやりたい。災害ボランティアをやりたいという思いから、定年を機に勤務地を仙台に変え、単身赴任をしつつ、ボランティアを続けている。

海岸林プロジェクトの他、地元山口では水害被災地のボランティア、熊本地震、西日本豪雨災害の被災地ボランティアなどにも参加。災害ボランティアの他にも、離島への生活水供給に関するボランティアにも参加してきた。

もっとも継続しているのは東日本大震災に関するボランティアである。

<なぜ今に至るまで長くボランティアを続けているのか>

長い時間を必要とする活動であり、後世に残る素晴らしい活動であると思う。私は若い人が参加できるように活動を繋いでいく役割を担いたい。そして、自分にとってこの活動は生き甲斐になっている。黒松とともに人間的にもっと成長したいと思っている。

年々少しづつ育っていくクロマツに励まされており、もっと自分も健康で、少しでも活動を続けたいと感じている。

<こぼれ話①>

海岸林再生プロジェクトでは、時々作業後に懇親会があります。伊藤さんは懇親会で吉田部長とはもはやスーパータッグになり場を盛り上げます。普段現場では見せない姿に、ボランティア参加者は一度は驚かされることでしょう。伊藤さんと吉田さんは懇親会後も2人でコンビニアイスを食べ、帰るところまでご一緒するという圧倒的な関係性なのです。

ちなみに、家に帰るまでの記憶を無くしがちなようです‥

<これから先の展望>

実は現在海岸林プロジェクトを中心としながら、このボランティアに加えて、南三陸での農業支援、閖上地区の災害公営住宅で行われている地元の茶話会に参加している。

中心となる育樹活動は出来るだけ参加しているし、これからも参加したいと考えている。
活動を通じて名取北高校野球部とのご縁も深まっている。高校野球の試合を沢山見るのも楽しみ。

このプロジェクトはまだ数十年はかかると言われている。
この大好きな活動を一日でも長くやりたい。今後も健康第一に150歳までこのプロジェクトに参加したい。

今年の海岸林の活動は、5月から7週連続企画されていますが、全制覇を目指しています!既に5週連続参加しています。

<こぼれ話②>

高校球児だった伊藤さん。

実は昨年伊藤さんと一緒に名取北校野球部の練習試合の観戦に行きました。野球のルール説明や実況を丁寧にして下さり、野球ど素人の私でも非常に楽しむことができました。そして、名取北校野球部の魅力を感じることもできました。

海岸林プロジェクトは名取北校野球部とのつながりも深いですが、伊藤さんと名取北校野球部の関係性も深いようです。つい先日(今年6月)にお会いした時、なんと海岸林と名取北校野球部をモチーフにした手作りイラスト付きの帽子とTシャツを着ていました。

高校球児としての熱血な心と誰か何かのために動くという思いやりと優しさに溢れた伊藤さんです。

<編集後記(柚原)>

大変お待たせしてしまい申し訳ありません。

実は、今回のインタビュー内容の一部は、今年2月末に行ったインターン生によるオンラインイベント「『オイスカ』で働く、学ぶ、関わるとは?〜現場の本音インタビュー〜」の動画の中で取り上げています。(https://youtu.be/ecDxhZWwR0I?si=N8JfreBkaH_nao66)

伊藤さんの生の声をぜひお聞き頂けると嬉しいです。

伊藤さんとは、ボランティア作業をはじめとして、名取北高校での観戦、ラーメンなど非常に多くの場面でお世話になってきました。
いつも声をかけて下さりありがとうございます。伊藤さんの魂の熱さとパワーと優しさに励まされ、憧れ続けています!
実はここには書ききれなかったことがたくさんあります。ぜひ本人に直接お会いして話して頂きたいです。

 吉田です。ボランティア参加者が提供してくれたり、われわれが撮った写真を見る時間は、仕事上少なくはありません。かろうじてブログで使っていますが、これまで14回続けている名取駅東西通路での簡単な写真展も、多忙にかまけ、今年はまだ予定が立ちません。せっかくの写真がもったいないので、せめてこのブログで。

 名取市閖上出身のイラストレーターico.さんと、「絵本」とその制作を通して地元の皆さんにもっと海岸林の存在を理解いただくためのクラウドファンディングを立ち上げました。こんなに多くの人に育てていただいている幸福度の高い名取の海岸林。そこにいつもある笑顔の訳を、地元の人に知ってもらいたいです。真っ先に取材に来てくださったのはtbcラジオさん。放送日が決まったら、またお知らせします!

クラファンのチラシを手にしてくださっているのは大久保アナウンサー。その右はico.さん。

 吉田です。50,000㎡つまり5ha。例えると東京ドームなどドーム球場と同程度の面積です。5月末からの1ヵ月、まずは怪我無く好スタートを切れました。みなさんのおかげです。ありがとうございます。今日は「葛刈りのその後」を報告します。写真だと伝わりにくいですが、私も1ヵ月で過去最高の24日間、宮城にいましたので、成果はよくわかっています。名取の海岸林は、本当に愛されて育てられています。

 この残党の写真と比較して、以下ご覧ください。

 遠目に見ると、何事もなかったように見事に見えます。ですが現実的には、これから再び、残党は地面から這い上がってきます。いずれの場所も、去年はもっと酷く生えていた場所で、去年も今年も刈っています。私の本音は、これでもだいぶ少なくなったという印象です。

 もっと上手に写真を撮って、その後を続報しますね。

 吉田です。宮城の海沿いが居住禁止となって15年が過ぎました。海岸林の存在自体の知名度は依然として低く、不法投棄は続き、放火騒ぎすら起こる現状です。名取での最強の海岸防災林を目指す作業は延々続いていますが、ボランティアへの地元参加率は少なく、行政も市民も関心が高いとは言えません。地元から愛される海岸林への道は、一番難しい道だと思っています。

 このような現場の実情を知る地元出身で、15年来の支援者でもあるイラストレーターico.さんから、子育て世代や、ボランティア参加はハードルが高いと感じる方々などにも海岸林を知ってもらうために、市民参加と協力を得て「絵本」をつくり、「読み聞かせ会」などを続けようと提案いただきました。早くも県立名取北高校の1年生27人が協力を申し出てくれました。野球部も手伝ってくれるでしょう。

 そのために、まずは「絵本」製作のためのクラファンに、ご協力いただけたら幸いです。

まみっこ(アナグマ)の親子を発見

2026年6月20日( カテゴリー: いきもの )

 吉田です。ずっとキツネの巣穴かな?と思っていた10ヵ所ぐらいの横穴群。2014年植栽地の北東端、盛土と地山の海砂の境にあります。家主はアナグマでした。佐々木統括から、宮城では「まみっこ」って言うんだと教わりました。

 6月9日昼、マルエツ労組の皆さんを見送ったあと、現場を歩いていたとき、親がススキの枯れ葉を引きちぎって巣穴に入れているのを見つけ、夢中で見ていたら子グマが2匹出てきました。本来は夜行性で、基本は山にいるものと思っていましたが・・・。20mぐらい離れた位置で車から写真と動画を撮りました。まったく隠れようとしませんでした。

 アナグマの生態については、おいおい檜垣さんが書いてくれるかと。夜間撮影用のカメラも買いました。今年は夜の生き物も捉えたいと思います。フクロウ、キツネ、カモシカ、コウモリ、ヨタカ・・・いろいろ見つけられるかな。

 吉田です。満を持して実施しました。やはりこういう重要局面で頼りになるのは、震災直後からの盟友の宮城中央森林組合。彼らは、全37万本の植栽に関わり、10年以上の間の下刈を続け、間伐もともにしてきました。文字通り、自分事として仕事してくれます。これからもずっと一緒です。随意契約の強みを活かした仕事を続けてくれると思います。

 5月上旬、現場代理人の佐々木君に被害木の位置を共有した後、早坂班の皆さんは自分たちで6月上旬に新たに枯れたマツを3本見つけて処理し、その後も新たに枯れた1本も快く伐りに行ってくれました。協定区域内の被害木の枝や細い幹はチッパーで破砕し、太い幹は処分場に搬出して破砕処理し、なすべき時になすべきことを完了しました。佐々木君は写真を見せただけで被害木の位置を特定しました。さすがプロ。

 そして6月11日、㈱ケーエスと地元名取の㈱美田園ファームの無人ヘリ2機による薬剤散布(スミパインMC)を、朝4時から8時間かけて、53haに対して実施しました。

 これらの総費用は、すべて全国の皆さんからの寄附金を原資にしております。市町村に充当されている森林環境贈与税すら使わず、あまりの無関心、病害虫駆除までオイスカ任せということに憤りを感じますが、いまは協定区域内のみの自己防衛策をとらざるを得ない現状です。ですが、いつかは地域一丸となって海岸防災林全体を育てていけるよう、あきらめず努力を続けます。

 吉田です。6月10日、中野悦子理事長がマツ材線虫病被害や山火事被害を含むプロジェクト現場を視察し、その足で宮城県支部会員懇談会に出席しました。全国からのご支援で育ててきたマツが危険な状況にある様を見て、言葉を失い、強い憤りを感じた様子で、会員懇談会でも視察内容を報告いたしました。

初!海岸林の活動参加

2026年6月17日( カテゴリー: 現場レポート )

皆さん、はじめまして!!檜垣と申します。
今年の4月に入職しました。(自己紹介ブログ⇒「【はじめまして】新入職員の檜垣です」)

6月10日~13日に宮城県名取市海岸林に初めて訪れました。
ボランティア受け入れも、クズ刈りもすべてが初めましてでした。
事前の予習が大切だということを教えていただいたので、前日まで海岸林や名取市、東日本大震災の勉強をしていきました。
私は2011年は小学校二年生で絵具を水道で洗っているときに、地震が起きたのを今でも覚えています。

やはり、現地に行ってみないとわからないこともたくさんでした。

まず、海岸林の広さ!地図を見てもちんぷんかんぷん。どこにクズがあるのか、フジがあるのか、ボランティアの人にやってもらいたいのはこことここだ。など、吉田さんと浅野さんは不思議な暗号のような言葉で話し合っていました。
私は必死に二人の顔を交互に見ながらついていこうと思いましたが、ここかなと思ったら全然違うところだったということが多すぎてもう諦めてしまいました。
今は地図を入手したので、地図をインプットしています。次行くときには話に付いていけるようになっているといいなと思います。

次に道!空港までの道も、ホテルまでの道も海岸林の複数ある入り口までの道も覚えなくてはならない!!と思いました。最終日、吉田さんに「公園からあそこの入り口まで行けるでしょ?」と急に言われ、手が空いていて車を移動できるのは私だけだったので「はい、行けます」とすごく不安な顔で言いました。
昨日のあやふやな記憶を頼り、迷いながら行こう。と心に決めていたところ、救世主!森さんと伊藤さんがいらっしゃったおかげで森さんの車ににただ付いて行くだけで、着きました。
森さんと伊藤さんがいらっしゃらなかったら、私は今も路頭に迷っているかもしれませんでした。
ありがとうございます!!森さん!伊藤さん!

次はボランティアの受入れながら作業をすることです。二日間受入れを行いましたが、ずっとあわあわしていました。はじめまして、醤油さしくん。はじめまして、クズくん。すべてが初めてでした。
でも作業をしてみて、普段は感じることのできない現場特有の経験をさせていただいて、海岸林の大切さやボランティアの方々の大切さを身をもって実感することができました。

吉田さん、浅野さんのもとで多くのことを学んでいます。
これから海岸林に関わることが多くなると思います。精一杯頑張りますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。

最後に事務所でお昼寝をしているお二人を♡(この日は朝三時にホテルを出てヘリ散布の立ち合いをしていたので眠かったようです)

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