2022年 月別鳥類確認リスト
吉田です。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
日本野鳥の会のメンバーで、2013年から少なくとも年10回以上、つまりこれまで100回以上ボランティアしてくれている地元の三浦さんが、年明け早々、素晴らしい調査報告を提供してくださりました。これが欲しかった!ボランティアの日とは別に、2014年植栽地など(1,500m×200m)を集中的に独自で歩いておられます。先月も休日に現場で遭遇しました。
玄人仕事です。ぜひご覧ください。
海岸林リーダーの学びレポート その4
虹の松原での活動の続きです。
午後は、吉田のブログにもあった通り、松葉かきを体験。
名取の海岸林でも震災前は、学校の奉仕活動などに組み込まれていたという話を聞いたことがあります。クロマツの林を健全な状態に保つためには欠かせない作業です。
作業場所に移動しながら、藤田さんが虹の松原の保全活動について説明をしてくださいました。
アダプト制で、地元のさまざまなグループが、割り当てられた作業場所でそれぞれに活動日を決めて作業をしているそうです。そのため、道具が置いてある倉庫も誰が見てもどこに何があるかわかりやすく整理されていて感心しました(写真がなくてすみません……)。
作業開始! はじめは、かごの中に枝や松ぼっくりを拾い集め、集積場に運びます。指導してくださった藤田さんの動きの速いこと!!
続いて地面を覆っている松葉をかき集め、何ヵ所かに置かれたブルーシートの上に集めます。ブルーシートに山盛りになった松葉をシートごと引きずって、松葉の集積場に移動させ山にします。
名取の海岸林でもツルマメやクズを取り除く作業は地味で地道なものですが、ここでの松葉かきも本当に地味。名取でもいずれこの作業が必要になります。どうやって地域の人たちに協力をしてもらったらいいのか、虹の松原での事例を参考に、名取ならではの方法を若き海岸林リーダーたちが知恵を絞ってくれたらいいなぁと期待しています。
作業後、鏡山展望台から虹の松原の全体像を見学。弧を描くように4.5㎞にわたって広がる松原。
名取の海岸林もこんなふうに厚く、こんもりした松原になるといいなぁと思いながら眺めました。
夕方までずっとお付き合いくださった藤田さんにみんなでお礼と今日の感想を伝えました。
本当にどうもありがとうございました。海岸林リーダーたちにとってももちろん貴重な体験でしたが、同行したスタッフにとっても得るものが多い一日となりました。
夜のいきもの ~タシギ~
吉田です。12月12日(月)夜、今年足跡を何度か見つけたイノシシにでも出くわさないかと、すこし夜のクロマツ林内で車を走らせました。(写真は間に合いませんでしたが、畑とクロマツ林の境でタヌキより大きな生き物が走っていきました)
時々気が向いたときに夜のいきものを見に行きますが、いつも車のライトは点けたまま、ゆっくり2014年植栽地を中心に走らせます。今回は寒いし、1周だけにしようと心を決めて。ただ、すごい集中して観察します。いままで夜の生き物に出会ったパターンは豊富なので、なんの自慢にもなりませんが目の付け所は自信あります。
車の背後から、20mぐらい先の作業道の真ん中になにかが飛び降りました。わざわざ、車の行先を塞ぐように降りてくるなんて。灯りをつけたままゆっくり数mにまで近づいても飛び去りません。後ろを気にしながらも、蛇行して歩いて逃げるだけ。時々くちばしで地面をつつきながら。追いかけること20分あまり、百m以上。それが今回の1周で2回ありました。
「タシギ」のようです。
林野庁の生態系調査にも、震災前からいることが書いてありました。渡り鳥で、夜行性なんですね。ここで越冬するのか、渡りの途中なのかわかりませんが。
下の写真は、9月16日の夜に見つけた「ヨタカ」です。作業道の真ん中に黒くて大きなものがあったので、ゆっくり数mまで近づいたら、飛んでいきました。まさか鳥とは思いませんでした。
宮城の高校生・大学生、福岡・佐賀へ
吉田です。12月9日~11日、宮城の高校生3名・大学生1名と、元日経新聞論説委員の小林さん、アイベックスエアラインズの谷川さんとともに福岡・佐賀の玄界灘松原群で研修をしました。オイスカ職員はこのほかにも職務を抱えながらの3名で対応。初のツアーは会心の出来でした。引率側も存分に楽しみながら。佐賀森林管理署、NPO法人KANNEの皆さまにお世話になった「虹ノ松原」での体験、林久美子課長の報告に重ねて写真報告します。
1月21日(土)、仙台空港で報告会をします。詳細はまた後日。
午後は松葉搔き体験。
まず落ち枝・松ぼっくりを黄色いカゴに。松葉とは分別
次に、松葉搔き。
海岸林リーダーの学びレポート その3
視察ツアー2日目。佐賀県唐津市にある虹ノ松原へ。
「玄界灘松原マップ」の紹介では、「日本三大松原の一つ。樹齢数百年を超える老木から幼木まで約100万本の松が育ちます」とあります。看板に書かれた説明では、214haの広さとのこと。ちなみに名取の海岸林は100haに約37万本を植えました。
私たちが育てている海岸林では、一番古い木でも2012年に種をまいて育てた苗木を2014年に海岸に植えたもの。まだ10歳ほどの木ですから、虹ノ松原に育つ大きなマツに「迫力を感じた」との感想も。
活動の集合場所に到着すると、唐津南高校の生徒さんたちが集まっていました。
彼らはクラブ活動で虹ノ松原を守る取り組みに力を入れているメンバーたち。日ごろからさまざまな活動に取り組んでいる彼らですが、この日の作業は年に1度しかできない「除伐」ということで、「初めて体験する」と話す生徒さんたちも多数。宮城の海岸リーダーももちろんみんな初めての体験です。
※除伐の目的や方法などはまたあらためてご報告します
今日は佐賀森林管理署と虹ノ松原の管理団体であるNPO法人唐津環境防災推進機構(KANNE)の皆さんにお世話になります。
海岸林リーダーの4名は、唐津南高校の生徒さんとペアを組んで現場へ。佐賀森林管理署のスタッフの皆さんの指導の下、初めて使うのこぎりと格闘しながら、1本ずつ伐採していきます。
作業の合間には、宮城の海岸林リーダーが唐津南高校の生徒さんに活動について聞き取りをする場面も。メンバーであるK君は、「虹ノ松原のすぐそばにある小学校に通っていたから子どものころから慣れ親しんだ場所。最初は人数合わせのために参加したけれど、楽しくて続けている。卒業してからも松原の保全活動を続けたい」と話してくれ、松葉を活用した商品開発などについても詳しく話してくれました。宮城の海岸林のこれからを考えるのに、大きなヒントをもらったようです。
この日のお昼は、吉田の強い希望が叶い、「唐津バーガー」を食べることに。お店は松原の中にある“バス”。飲食スペースはなく、松原の中で食べることになります。防風林の中とはいえ、海からの冷たい風が吹いてくる11月に、終日屋外での活動をするのは体への負担も大きく、お昼は近くのレストランでゆっくり座りながら、温かいものを食べるべきだろうと考え、その予定にしていたのですが、なんとこの日は、作業をしていると暑いぐらいの陽気。KANNEの藤田さんも「こんなに風がなくて穏やかだと、防風林としての役割の重要性を感じてもらえないのではないか」と心配するほどでした。
みんなでマツの木の下で車座になり、唐津バーガーを頬張りながら藤田さんのお話を聞く「青空教室」となりました!
唐津バーガーも松葉サイダーも、売り上げの一部が松原保全のために寄付される仕組みなのだそう。
腹ごしらえ後の活動は、また次のブログでご紹介します。
海岸林リーダーの学びレポート その2
本部・啓発普及部の林です。
今日から宮城海岸林リーダーの九州視察研修がスタート。
9時に仙台空港に集合すると、アイベックスエアラインズの仙台所長さんはじめ、日ごろからボランティアに参加してくださっている社員の皆さんがお見送りに集まってくださいました。
リーダーたちは大人たちに囲まれて緊張していたはず……。
今回同行してくださる読書感想文コンクール審査委員長の小林さんからは「松林での学びはもちろんだけど、ご両親や学校の先生ではない大人の人たちの中での活動はあまり経験がないことだと思うので、そうしたこともよい体験になると思う」とお話していただきました。
保安検査場の中に入るまで皆さんにお見送りいただきました。
飛行機に乗るのが初めてだというメンバーもいましたが、フライトアテンダントの方が、気遣ってくださり何度も声をかけてくださっていて、リラックスした様子でした。
福岡空港に到着し、吉田と合流。車で生の松原へ。アカマツが多い、一部広葉樹が生えてきているといった名取の海岸林とは違う松林の様子を見学。また、同じ生の松原のなかでも林床に生える草の違い、松葉の下の土の違いなどに目を向け、熱心にメモを取る様子も。「事前に資料で得た知識だけではわからないことが学べた」との声が聞かれました。
宿泊先である西日本研修センターに到着すると、7ヵ国の研修生たちが待っていて、自国の紹介をしてくれました。モンゴル相撲を紹介した研修生には「モンゴル相撲の漫画を読んだことがある」「この服の名前は何ですか?」といった反応があるなど、コミュニケーションがしっかりとれていました。
これまでも外国人との交流の場があったものの、1対1でじっくり話をする機会がなかったという参加者が多く、松林の学びとはまた違った貴重な体験ができたようです。
夜は歌あり踊りありの懇親会も。研修センターのスタッフや研修生たちが見守る中、海岸林リーダー任命証が皆さんに渡されました。
明日は佐賀の虹ノ松原へ。地元の高校生と一緒に除伐体験をする予定です。
はじめての場所にやってきて、知らない人たち、しかも外国人も大勢いる中でしたが、積極的な姿勢で頑張ってくれました。おつかれさまでした。
【tbcラジオに生出演します!】12月13日(火)13:13~13:25 「GoGoはみみこいラジオな気分」
■tbcラジオ(東北放送)AM1260 kHz FM93.5MHz
■パーソナリティ 佐々木淳吾さん/阿部未来さん
■放送日時 12月13日(火) 13:15~13:25ごろ
■出演コーナー 週刊SDGsのすすめ
SDGsに取り組む活動のご紹介をするコーナーです。
■出 演 オイスカ 吉田俊通
現場か、名取事務所から電話で出演します。
【Date fmに出演します!】12月11日(日)19:00~19:55 震災復興応援番組『 Hope for MIYAGI 』
Date fm 震災復興応援番組『 Hope for MIYAGI 』
放送局:Date fm (FM仙台) FM 77.1
放送日:2022年12月11日(日)
パーソナリティ:板橋恵子さん(㈱ エフエム仙台 防災・減災プロデューサー)
テーマ:東日本大震災復興支援「名取市海岸林再生プロジェクト」
出 演:公益財団法人オイスカ 海岸林担当部長 吉田俊通
この時間は、順調にいけば福岡空港から仙台空港に戻ったばかり。24TVの車の中で聞けるかな。どのぐらいの出演時間か、どう編集されるかはわかりませんが、お楽しみに!
吉田です。12月3・4日の土曜・日曜、Date fmの収録やオイスカ松島の会での活動報告会で出張となったので、この際、先延ばしにしていた仕事をやってしまおうと。仕事とは、モニタリング調査地29ヵ所の写真管理や、マツが大きくなって見えなくなっていた調査地表示板の設置位置を変えたり、森林総研の調査地6ヵ所に立ち入り禁止の虎ロープを張ること。平日にはなかなかできない仕事だし、数が多いから楽しくやらないと途中で飽きてしまうので超クロマツオタクの地元の大槻さん、森さんに声をかけてしまいました。あんまり大勢に声掛けるのも気が引けるし、3人ぐらいがちょうどいいし。モニタリング調査地の管理は土曜日の15時には終わりました。
日曜朝、事務所でしばしお喋り。「三浦さん、鳥を見に来るんじゃないですかねー。そんな気がします」って言ったのですが、現場に行ったら案の定。「あ、三浦さんだ」と森さんがいち早く発見。やっぱりいた。爆笑。揃うべくして揃ったオタクたちは、ゲート前でまたお喋り。
虎ロープ張りは本当は簡単なはずだったのですが、いろいろとあって、すこし手間がかかりましたが、昼前には終了。探鳥中の三浦さんから「イノシシ?」らしき足跡を見つけたと聞いたので、ロープ張りチームもその場所に行って観察。はぐれウリ坊(イノシシの子ども)か?「カメラ仕掛けたいねー」と一同。
その後もう一度三浦さんに会うと、2時間あまりで日本野鳥の会の正式な「野帳」にたくさんの記録が書いてありました。「こんどフクロウの巣箱掛けをしたいんだけど」といい提案。三浦さんはコミミズクを確認いますし、トラフズクは私が写真を撮っています。フクロウの巣箱は大きいんですよ。私、東京都八王子市の学校林で掛けたことがあります。
今年は「オタクの休日」の回数が少なかったなあ。現場百遍。1に観察、2に観察。仕事場所とはいえ、やめられません。
ふたりの「北高」元校長先生と
吉田です。11月20日(日) 偶然にも同じ日に二人の大事な元校長先生が名取に。コロナ前、名取と高松の2つの「北高」がオイスカの活動を学校教育に活かしてくれていました。
元名取北高校の金澤先生とは、2016年の春、河北新報の記者さんが私たちのことを紹介くださりご縁が出来ました。先生はすぐさま動いてくださって、ボランティア説明会や植樹祭の参加、卒業式前に全校生徒さん向けに講演させていただいたり。口コミで活動を知った生徒さんが、自分で申し込みしてボランティアに来てくれるようになりました。コロナ前までは・・・。定年退職されたいまも、河北新報に私たちの記事が出ると、必ずCメールを送ってくださります。私は宮城にいない時もありますから、本当に助かります。今回は、コロナで激減した地元の若い世代のボランティア復活に向けてアドバイスをいただきました。お目にかかるのも4年ぶり。
香川県立高松北中学校・高校の元校長の國木先生は現職時代、オイスカと「協定」を結んで四国研修センター(香川県綾川町)と交流を持ちながら国際理解や農業体験などを学校教育に取り入れています。(福岡県立早良高校とも同様の協定を結んでいます)私も講義をしたことがあります。そして約30名の生徒さんが2度も名取にも来て、「溝切り」をたっぷりしてくれました。今回は、定年退職のあとお勤めの香川県立高校PTA協議会の事務局長として、来年8月に仙台開催の全国PTA大会参加に向けた視察として来仙。海岸林も視察日程に組んでくれています。
「北高サミット、いつかやりたいね」。國木先生が現職のころ言っていました。コロナを恨んでも仕方ないし、だいたいそんなに簡単にはいきませんよね。でも、心底願っていれば、実現することもあると思うんです。
お二人の都合もあってご一緒にという訳には行きませんでしたが、一緒に林久美子課長にとってもとても嬉しい日でした。2つの北高が頑張ってくれた場所、それぞれしっかりご案内出来ましたから。