春からのボランティア受入を前に
2月20日、ボランティアリピーター数名に、わざわざ半日以上時間をいただきました。
1.現場の隅々の各境界理解(実踏)
*一度ゆっくりやりたかった。
2.ボランティア受け入れに関する意見交換
3.3月12日、13日の行事内容シェア
4.Sさんの震災前のマツ林「プチ講座」
*震災前の画像が今も残るyahoo!の航空写真を見ながら。
ボランティア受入に関する意見も、あらためて伺いました。
●時間配分の工夫
対応策
・毎回8:30にリピーター組のミーティングを5分行い、注意点・安全確認などをシェア。
・ホワイトボードを朝一番に掲示し、作業内容、班分けなどをシェアする。
・朝の全体ミーティングのパターン化。
・複数回参加者と、1・2回目の人と、分けるべき時は一層分けて、作業に充てる。
・これまで事故はないが、安全対策をさらに具体的に充実させる。
・開始時間は変えず、終了は10分でも20分でも早上がりするよう心掛ける。
・着替えはミーティング後、解散後にするか?
・アンケート記入ではなく、メールなどでの感想を募集する「小さな紙」を配る。
●若い世代の参加状況
・状況や、アプローチ策はどんなことをしているか?
対応策⇒教育委員会へアプローチを行ったものの大きな進展はないと思われる。
少なくとも、教員の皆さんへの行事案内など情報シェアは見通しあり。
卒論支援、職業体験、視察受け入れなど依頼は一度も断っていない。
●その他
・現場に目印が欲しい。どこがどこだかわからない。
対応策⇒リピーター組(腕章組)に共通の「図面」を配布する。
これ以上の目印などの設置は難しいだろう。
意見交換をすればするほど、お互いのことがわかり、
共通課題や共通の目標を持てると思っています。
カイゼンできる点はドンドンと。
去年よりも今年は何か良くなってゆきたいです。
写真撮るの忘れてしまったー
三浦さんが持ってきてくれた「秋保のおはぎ」美味しかったです。
愛媛県松山に、来月4日の活動報告会に向けた対応に来ました。
出張を前に名取市民の方から偶然聞いた情報。
「愛媛に名取という場所がある。宇和島伊達家10万石を興すとき、
伊達秀宗公とともに、いまの名取の人たちが派遣された」と聞きました。
耳寄り情報でした。
あらためて考えると、たしかに愛媛は伊達の分家。
海賊対策の見張りを行いながら、良馬を生産したそうです。
きっと、ふるさとを想い、名取と言う地名にしたのでしょう。
どんなところなのか?
「伊方町(いかた)名取」で調べてみてください。
google earthの航空写真で見るのもおススメです。
天空の集落、見事な石垣。
仙台平野の名取とはまったく違います。
3月4日(金)18時 松山市「いよてつ高島屋ホール」で報告会
2月17・18日、松山に出張し、オイスカ愛媛県支部宮嶋会長とともに
3月4日当日の仕込みいろいろに没頭しました。
まず、のっけから愛媛県庁の上甲副知事と面会。県職員などへの周知を依頼。
そして、若江松山市議会議員も合流し、木材組合幹部、愛媛県神社庁幹部を訪問。
いずれも、いずれも好感触。
「ホールがあふれたらどうしよう…」
訪問先は、興居島(ごごしま)行きフェリーの高浜港のちかく。
「私、海と船が好きなんです~」とラブコール。
日没間際、仕事も終わったので、会長の自宅もある島でもあり、
「ちょっと行ってみるか?~」夕日バッチリ。
翌日の、自動車整備業組合、松山市役所も好感触。
市役所では錚々たる幹部の皆さまを市議会議員さんとともに訪問。
現地の実情の情報交換として質問をたくさんいただきました。
極め付けはメディア。
FMえひめ、あいテレビ(TBS系)でいきなり収録。
FMでは2月末から幾つかの番組で何回も放送いただき、
TVでは30秒と60秒バージョンのCMを収録。
会長の知人の広告代理店さんが、30秒の無償枠、60秒の特別価格を探し当ててくださって。
なんという運がいい…
「申し込みが殺到したらどうします……?」
会長の携帯は、すでにアプローチ先からひっきりなしになり続けました。
お昼は1時間ほど時間が開き、私は一人でトレーニング。
松山城城下から、本丸まで、急坂を歩いて2往復の山登り。
これには会長も呆れていましたが。
しかし、今の自分にはフルマラソンは無謀も無謀… ま、いいか。
会場は300人。
私の報告が前座。映画「うみやまあひだ」(90分)を無料で見れるんです。
金曜の夜、夫婦やカップル、お仲間とともにぜひどうぞ。
報告会&映画詳細はコチラ
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/syakoku/ren042201602050736.html
(愛媛新聞オンライン)
全長2kmあまりの内陸防風林を、更に植えることになりました
2月に入り「蔵王おろし」が連日吹きすさびます。
これが来ると春は近いなあと、緊張する想いがします。
名取事務所は怖いぐらい揺れるし、どこからともなく砂埃が入ってきます。
海岸林沿いのビニールハウス団地では、乾風の中、防風ネット設置工事が続いています。
やっぱり、風よけが無いわけにはいかないんですね。震災前は防風林があったのです。
今年はハウス団地に、当プロジェクトの苗を寄贈して、地元農家が植栽から下刈りなど
管理して、また新たに内陸防風林を再生することになりそうです。
全長2km近く。長いです。幅が細いのでだいたい1ha強でしょうか。
幅が狭い分、ツバキの種を直播して、低い位置の防風効果を補う計画です。
図面・面積は今週あたり役所から入手できるでしょう。
「市有林」ですが、保安林にはかかっていないようです。
農家は忙しくなってきました。
作付面積は震災前の3分の2ぐらいに迫ってきており、
平成27年度の下増田地区全体の農産物共販実績も同様です。
来年はもっと作付が広がるのが楽しみです。
その忙しい中で「1haだけでも自分たち地元農家の手で管理まで全て」というのは、
さすが大人と思いました。言い出しっぺは、もちろん再生の会メンバーです。
再生の会だから、先駆的だから、言うのだと思います。
【名取市海岸林再生面積の変遷】
2014年2月 県有林・市有林 89.98ha (海岸林)
2014年2月 国有林 2.91ha (海岸林)
2015年4月 共有林 1.82ha(内陸防風林-空港北側7列等)
2016年4月 市有林 約1.80ha (内陸防風林-ハウス団地東側全長2km)
2016年度現在 約 96ha
*まだ増える可能性もあります。
メディア対応時のココロガケ
2月15日、2年ぶりに「メディア関係者向け視察会」を実施しました。
メディアを通して支援者にお礼を言いたいから。
もっと知っていただきたいから。
「震災から5周年は各社が企画を考える。対応策を打つなら2月中旬」と
宮城のメディア幹部の方から昨年11月にアドバイス頂いていました。
日本記者クラブの企画部長さんもまったく同じことを。
「誰も来てくれないんじゃないか・・・。でもそれならそれで」と
割り切って、1月26日に宮城県庁記者会などにプレスリリースしました。
どの会社が来るか、大体直前にわかりますが、その場になるまで分かりません。
朝一番の「つかみ」が勝負を分けます。
主催者として、コチラがしっかりリードしなければ、ものすごく失礼。
とにかく先手。こちらから声をかけるのがコツのような気がします。
万遍なく、双方向対話が肝要。ぐいぐいタイプにも、遠慮タイプにも。
各クルーのテンションや、関心の焦点、取材の〆めの時間をつかむのが朝一で大事です。
また、各記者の予習度、各クルーの責任者をつかみ、各社間の力関係も含めて見抜きたい。
メディアですから、時間が勝負。
到着すると、おもむろに仕事は始まります。あっという間に帰ります。
のっけでモタついてたら、クルーのテンションは下がるでしょう。
教室形式で「先生の言うことを黙って聞いてもらう」というのではありません。
今日の説明役は佐々木統括ですが、誰かが一歩引いたフォローをしないと、
撮影班の対応が出来ません。ですから、当方も佐々木統括と私の二段構え。
新聞は新聞、テレビはテレビ、ラジオはラジオの動き方があります。
持っている道具もそれぞれ違います。
記者よりも、撮影班は人数が多く、誰が何の役目か見分けないといけません。
(年齢でだいたいわかります)
記者には記者への解説、カメラマンにはカメラマンへの対応が必要。
概して、カメラマンは素早い。メリハリそのもの。職人気質。
カメラマンの動きを見てなければダメ。
撮りたい絵を、一歩先に示唆する感じがありがたがられる。
みんなが帰った後も、要注意。
相手は時間が勝負。質問・確認の電話が必ず鳴る。
電話は肌身離さず、即対応。
たぶんこれができないと、激怒されるでしょう。
いずれも相手の立場になり切ってみれば、当たり前のことですが。
ボランティア対応、視察者対応とメディア対応は本質的に同じ。
一期一会。一度の出会いを次につなげます。
こんにちは。浅野です。
今年2回目の名取は再生の会の研修会でした。
一昨年の10月から昨年の9月までアフリカを中心に海外へ行っていたので、
再生の会の方々に会うのは1年半ぶり。
久しぶりに会ったのにもかかわらず、覚えていてくださって嬉しかったです。
最初に育苗場を視察し、その後は植栽現場へ。
育苗場では、2年生の苗を見てこの苗があと3カ月もしないうちに現場に植えられるのだなぁ…。と思いながら、
このマツなら元気に育ってくれそうだな。と寒くても元気なマツに安心させてもらいました。
その後、植栽現場へ移動し昨年植えた苗・一昨年植えた苗をそれぞれ比較しながら移動しました。
2014年度の植栽は、種苗組合の他の農家さんから購入したものもあり、生産者によってこれだけいろいろ違うのかを見比べるのが、研修のポイントの一つでした。また、同じ時期に植えた苗でも生育に大きな差があり、もちろん土の性質もあるのだろうと思いますが、やはり苗半作なのだろうなぁと思いました。
午後は来年度の事業計画の打ち合わせに同席させてもらいました。
この規模の育苗を自分の畑をと並行してやっていくのは本当に大変なことなのに、皆さんのどちらも手を抜かない姿勢に自分もしっかりしなくてはと思いました。
次の日は2900台のコンテナの納品。
トラックいっぱいに積まれたコンテナをハウス内に降ろしました。いったい何往復したのやら…みなさん終わったときには「あぁーやっと終わったぁ!!」「疲れたー」と言いながらも笑顔。「はぁー疲れたよー」と抱きつかれて私もついつい笑顔がこぼれました。こんな雰囲気で仕事ができたら本当に楽しいんだろうなぁ。とうらやましくなりました。
来年度はもっともっと再生の会の方と一緒に作業ができる日を増やしたいと思います!
みなさん、お疲れさまでした!!
地元の方の言葉② ~再生の会研修会にて~
こんにちは。
本部啓発普及部の家老杏奈です。前回に引き続き地元の方の言葉パート2です。
■歌が上手な農家のTさんの言葉
*************************
海岸林が育っている地域は被災前、葉物の産地として有名で、仙台市場流通の80%を担っていた、仙台の台所だった。おらたちが育てていた葉物が市民の食を支えていた。海岸林は生活するうえで欠かせない存在だが、それだけでなく仙台の台所(仙台市民の食)を支えるうえでも欠かせない存在だ。責任をもって、海岸林の再生に取り組んでいく。
*************************
■いつもにこにこしているTさんの言葉
*************************
自分の家は、津波による被害はほとんどなかったが、町内では大きな被害を受けた家もあり、最初は町内の復興で忙しかった。それがひと段落し、外に目を向け始めた時に再生の会の人から声がかかり、すぐ参加を決めた。オイスカが来てくれ、この活動を支援してくれる人がいるおかげで自分たちが海岸林の再生に携われている。このことが本当にうれしく、みなさんに感謝している。
*************************
■いつも元気なKさんの言葉
*************************
津波が来たときは外にいて、全く津波には気づかなかった。防災警報?が地震で壊れて名取地区は誰も知らなかったんじゃないかな?自分も津波で流されたけど、一緒に流れてくる瓦礫に当たらないように流れに従って泳いで奇跡的に助かった。
自分の家は、名取事務所がある場所のすぐ近くで、今では居住禁止区域になっている。震災後はその場所に近づく気にもならなかったが、今では再生の会の活動に参加し、クロマツを育てるという喜びがある。この活動を続けていきたい。
*************************
震災から5年。正直な感想を述べると私にとってはあっという間でした。
もう5年とのスタッフの声に、え!?もう5年もたつの!?とびっくりする思いでした。
しかし、今回再生の会のみなさんに、
「5年を迎えますが、あっという間でしたか?」と聞くと、
「あっという間・・・ではなかったな」とみなさん答えられていました。
時間の感覚は人それぞれですが、被災された方の5年は私たちには想像できないものなのだろうと感じました。
被災された方の想いを受け、マツは今日も成長し続けます。
地元の方の言葉① ~再生の会研修会にて~
こんにちは。啓発普及部の家老です。
先日、名取市海岸林再生の会の研修会、2016年度の事業計画の打ち合わせに同席させていただきました。
私にとっては3度目の名取。相変わらず寒かったですが、再生の会のおじちゃん、おばちゃんの東北弁は耳に心地よかったです。
おじちゃんとおばちゃんとの関わりの中で印象的だった言葉をみなさんに紹介したいと思います。
■東北弁が素敵なOさんの言葉
*************************
いつも支援してくださっている方に「どうしてこんなに被災地のことを思って、支援してくださるのですか?」と聞きたい気持ちがあります。もし自分が被災していなくて、支援する側に立った場合、自分も同じようにできるのだろうか?一度きりでなく、継続的に支援できるのだろうかと考えます。私は、支援してくださっている全てのみなさんに直接お礼をいうことはできませんが、せめてもの恩返しと思い、マツをこれからも一生懸命育てます。
*************************
■津波で流された畑でチンゲン菜を育てていたTさんの言葉
*************************
辛い経験もしてきましたが、私たちが生きている今日は亡くなった方が生きたかった今日、と思い生きています。震災直後、遺体を探し回っていたあの時、オイスカは何の前触れもなく、海岸林の再生を訴えてきました。どうしてこんな時に・・・とその時は思っていましたが、今となっては、あの時に縁あってオイスカと海岸林の再生に取り組んだことが今につながっていると感じています。先代が守ってきた海岸林。今度は私たちが守っていきます。
*************************
みなさん、普段は明るく元気いっぱいなのですが、津波が来た時の話をされる時は、目に涙を浮かべられていました。
今年で震災5年を迎えますが、まだまだ心の中には深く傷が残っているのだと改めて認識しました。
2月21日(日)まで視聴可能 NHK仙台&宮城テレビ放送
2月15日、全国の支援者への報告・御礼としてメディア関係者向け視察会を
行い、以下の通り放映されました。取材クルーの皆さんはとっても寒い中、
蔵王おろしの真っ只中で取材いただきました。
NHK仙台 2月15日 放映
*2月21日(日)まで、あと5日は見られます。
*50人~150人と言うのは地元被災農家の雇用、年1,400人工
ボランティアは年1,600人以上。
宮城テレビ放送 2月15日 放映
*2月21日(日)まで、あと5日は見られます。
あらためて、これまで5年のご支援、心から御礼を申し上げます。
道のりは長いですがしっかり頑張ります。
2月9日、名取市海岸林再生の会の研修会に、
2016年度の事業計画を打ち合わせ、同席させていただきました。
雇用見通し 1,400人工(8時間/1人工)
ボランティア 1,600人
視察 500人
活動報告聴講 5,000人以上
*以上2015年度と同規模と想定される。
播種
・播種量 約100,000粒(2kg)
・宮城県産マツノザイセンチュウ抵抗性クロマツ等
・2月、コンテナ2,900台、培養土700体など納品
・3月中旬~、コンテナへの土づめ
・4月下旬、コンテナ播種
育苗:
・管理本数 約160,000本(1年生・2年生合計)
・主な苗
宮城県産抵抗性クロマツ・コンテナ苗
宮城県網地島産抵抗性クロマツ・コンテナ苗
宮城県産精英樹クロマツ・コンテナ苗・裸苗
岡山県産抵抗性クロマツ・コンテナ苗
香川県産抵抗性クロマツ・コンテナ苗
・その他
宮城県産抵抗性クロマツ挿し木・コンテナ苗
宮城県産抵抗性クロマツ・日本製紙開発コンテナ苗
岩手県産抵抗性アカマツ・コンテナ苗・裸苗
宮城県産広葉樹 ケヤキ、オオシマザクラ、コナラ
皇居産広葉樹 エノキ
植栽:
・植栽本数 約50,000本
・植栽面積 10ha
海岸林
広浦の南5ha、閖上3ha(市有林・県有林)45,000本
内陸防風林
海岸林西側ビニールハウス団地内 5,000本
全長約2km、1ha 市有林 *苗木提供のみ
*植樹祭 5月 2ha
育林
・管理総面積 36ha
震災前とほぼ同規模になったご自身の野菜をやりながら、
クロマツとの二刀流です。
今年も体に気を付けて協力し合って、
出れるときは出て来てくださいね。