オタクの休日in浜松 ~金原明善~

2018年7月9日( カテゴリー: 海岸林あれこれ )

体育と日本史以外、授業という授業の記憶がほとんど残っていない高校生時代、
「治山治水」とともに「金原明善」(きんぱらめいぜん)という人名を教わった記憶はあります。
でも「天竜林業=金原明善」以上のことを踏み込んで調べたことはありませんでした。
林久美子さんのご両親とお酒を飲んでいるとき、
家の隣で滔々と流れるのが「金原用水」と知ってビックリ。
あの水量。農業だけでなく、飲料水、工業用水、長い間、広範囲にどれだけ多くが裨益したことか。

これが金原用水か~ 感動、ウットリしました

これが金原用水か~ 感動、ウットリしました


翌日防潮堤見学の後、お姉さんが予期せぬ一言。「金原明善記念館行ってみる?」
本当にありがたい・・・この一言うれしかった。
末裔の金原さんその人が説明して下さいました。ビデオもじっくり見て。
いまは木を出すことより、林道の整備に重きを置いている様子でした。
「天竜は山が立っているから、架線で出すしかないんだけどね」
「これからは林業は良くなる・・・と言われてから●十年」と苦笑い。
前に浜松に行った時は、三方原の内陸防風林を見に行きました。
戦後の入植者に餓死者が出たほど厳しい台地。ここにも用水を引こうと挑戦した。
「今度良かったら金原神社行きましょうか。今、橋が落ちて天竜林業さんも大変らしいの。
さっき、だいたい道は調べておきました」とお姉さん。
浜松から2時間。国有林に献上した杉林も含め1,000ha以上の「金原林」の入口です。
ここにしかない山の図面も写真に撮りました。ここに行かねば買えない本も買いました。
伊能忠敬は50歳から日本地図に取り掛かり、金原明善は54歳から造林にも取り組んだ。
幕末から新しい世の中になると言っても、行く手には障害しかない。
「群盲巨象を評す」という言葉が巻頭にありました。この人はどういう人なんだろう。
今度は山も川も見てみたい。
浜松は植木の街、苗木の街。クロマツの苗畑もあります

浜松は植木の街、苗木の街。クロマツの苗畑もあります


妙な感じでした。会ったことがある人のような

妙な感じでした。会ったことがある人のような


大隈重信総理が「自分は125歳まで生きる」と言った時、「80・90・100歳は子供、鶴は千年、亀は万年 83歳の明善」と書いて贈った扇子

大隈重信総理が「自分は125歳まで生きる」と言った時
「80・90・100歳は子供、鶴は千年、亀は万年 83歳の明善」と書いて贈った扇子

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