沿革:1961年~1970年
1960年代の活動テーマ:FOOD FIRST
1961年(昭和36年)10月、18カ国から460名の参加による精神文化国際会議(国際文化交友会主催)が開かれ、常設機関としての精神文化国際機構が発足。中野與之助氏が初代総裁となりました(オイスカ・インターナショナルの前身)。貧困に苦しむアジアの人たちのため、まずはインド各地に篤農家を派遣。モデル農場を作って農業の改良普及に努め、食糧増産に寄与しました。フィリピンへも調査団を派遣しています。
- 1961年(S36)
- 10月
- 精神文化国際会議(国際文化交友会主催)開催。18カ国から460名の参加。常設機関としての精神文化国際機構が発足。中野與之助氏が初代総裁となる。これがオイスカの前身で、1965年に名称を変更。この創設期5年間は、組織づくりに力を注ぐ一方で、インド、パキスタン、さらにはフィリピンへ調査団を派遣。具体的な協力の方策を探ることに費やされた。
- 1962年(S37)
- 2月
- インド、パキスタンへ代表派遣。
- 5月
- 第3回精神文化国際会議が開催され、28カ国から602名が参加。
- 1963年(S38)
- 3月
- フィリピンより研修生受け入れ。
- フィリピン総局、香港総局を設立。
- 1964年(S39)
- 1月
- 中野総裁第一次アジア諸国歴訪。
- 8月
- 第5回精神文化国際会議開催。
- 10月
- バンコクに駐在員事務所を設置。
- 1965年(S40)
- 9月
- 日本・フィリピン産業開発合同委員会を開催。
- 1966年(S41)
- 5月
- 第1次インド農業開発団17名の派遣を皮切りに、インド、フィリピンへ相次いで開発団を派遣。本格的に開発協力活動を開始。
- 1967年(S42)
- 3月
- オイスカ国際活動促進議員連盟が結成され、初代会長に西村直巳氏就任。
- 7月
- 第1回オイスカデー開催。
- 9月
- 海外研修生の組織的受入れ開始。
- 12月
- 中部日本研修センター完成。
- 1968年(S43)
- 2-4月
- 西日本、四国、富山の各研修センターが相次いで完成。
- 1969年(S44)
- 5月
- 財団法人オイスカ産業開発協力団の設立が認可される。
- 1970年(S45)
- 11月
- 東パキスタン災害救援を開始。国連や日本政府に先駆けて調査団、医療団を派遣。